こんな夏真っ盛りの8月9日に、ボクは東京医科歯科大学病院にて親不知を抜くことになりました。何で親不知を抜くのに大学病院まで行く必要があったかといいますと、このボクの左下の親不知は、奥歯に向かって横向きに生えてしまった大変迷惑な親不知なのでした。この歯には色々な思い出があります。20代前半には、この歯が成長するたびにボクの頬は「お多福」状態になりまして、更に大変な痛みや熱を伴いました。この歯が痛いのがわからず、悪くもない左上の永久歯の神経を歯医者さんに抜かれたこともありました。また、その神経を抜いた歯の詰め物が取れたのをそのままにしていたため、そこからバイ菌が入って蓄膿症のような状態になったこともありました。その歯は結局抜くことになりましたが、しばらくは季節の変わり目にはその傷んだ神経を通っていたずらをするのか、しばしば鼻の調子も悪くなりました。まったく、持ち主本人にとって質の悪い親不知なのが、この奥歯に向かって生えた左下の親不知なのであります。
そんな親不知ならば、早く抜いてしまえば良かったじゃないかと思われるかも知れません。ところがこの親不知は簡単に抜かれてしまうような素直な親不知ではありません。(この親不知がそんなに良いヤツだったら、ボクの半生をここまで苦しめたりはしなかったでしょう。)実は、ボクの右下の親不知も奥歯に向かって横向きに生えた親不知でした。しかしこの親不知は、歯肉表面からしっかり顔を出している親不知だったため、通常の歯科医師の力で抜くことができる親不知だったのですし、あごのカベまでのスペースもあったため抜くことによる何らかの弊害の心配もありませんでした。ところが左下の親不知は、親どころか、持ち主本人でさえしばらく気付かないほど、ちょっぴりしか歯の頭を表面に出さない親不知だったのでした。しかも左の方が歯の数が多かったのか、歯の相当部分があごの骨に隠れていて、しかもアゴ全体を司る太い神経に隣接していて、その神経組織を傷つけるかも知れないという危険要素のおまけ付きです。いつもレントゲン写真を撮るたびに、危険な抜歯になるからと通常の歯科医師は尻込みする親不知だったのです。ある歯医者さんでは「手前の奥歯を抜いてからじゃないと抜けない」などと、愛情あふれる診断をしてくれたものでした。そんな親不知ですから、もう抜けないものと覚悟を決めていました。日頃の歯磨きでも、虫歯にならないように特に念入りにブラッシングをしていた親不知だったワケです。それがついに虫歯になってしまいまして、家族が常にお世話になっている近所の歯科医師のくすみ先生に見て頂いたところ「抜いた方が良いです」という診断が出て、医科歯科大学病院を紹介され、抜歯の日がやってきたというワケでした。
何しろ、これまで脅され続けてきましたから……怖かったですね。かつて右下の横向きに生えた親不知を抜いた時もかなりキツイ抜歯だったからなおさらです。その時は歯の右横のアゴの骨だか筋肉組織だかにまで麻酔を打たれて、その痛いことと言ったら筆舌に尽くしがたいものでした。(かつて小学生の頃に左足の小指と薬指の間の股を裂いたことがあって、その時に骨に麻酔を打たれた痛さよりはましだったかなあ。ちなみにその足の股は、抜糸の直後に再度裂いてしまい……ヒドイ目に遭いました。)元々ボクは医者嫌いで、子供の頃には医者嫌いであるという逸話をいくつも作った男ですよ。そんなボクが観念するくらいですから気持ちをお察し下さい。こういうことって男の方が腰抜けになるみたいですね。イザとなると女性の方が明らかに度胸が良いし、肝が据わってます。同病院の待合室も女性はどこか余裕があり気ですが、男性はソワソワと落ち着かないか、覚悟を決めたようなたたずまいで、いづれにしても自然体ではありません。聞いた話によると、医科歯科大学病院は歯の難病持ちの方が訪れる日本有数の歯の病院だそうで、きっとみんなボクよりも深刻な治療にいらしているのでしょう……。
受付を終わって指定のフロアーに行くと、割と待たされずに診察となりました。「ああ、これで、あの親不知の災厄から解放されるんだ」と思っている自分がありました。ところがです、ことはそれほど簡単ではありませんでした。「2〜3日は腫れがヒドイですから、それを考慮して抜歯の日を決めましょう」と担当医師が言うんです。「そんなバカな! 」心の中でボクは叫びました。「くすみ先生は、10時前に行けばその日に治療してくれると言ったのに」とです。たった今まで、色々と「ゾッとする」話を聞いた後に生殺し状態で待つのでは堪りません。だいたい、その間に痛みが治まったら「やっぱり、痛くなるまでは良いかな」なんて思っちゃう可能性も大。ダメ元で、担当医師の先生に「何とか、今日お願いできませんか? 」と粘りました。すると「うーん」と考えた後、「ちょっと待って下さい」と奥に引っ込みまして、戻ってくると「2時半以降ならやれそうですが、随分お待たせすることになりますよ」と言うではありませんか! 「お願いします」と、すかさず言ってましたね。何日も悶々とすることを考えたら、4時間半位待つのなんて何でもありませんよ。