秀Vのプログレ道 6月号

(Lastupdate Jun.02,00)


&なにげに「ストレンジデイズ」のすすめ
クリムゾン待望の新譜「the constrKuction of light」がついに発売になったことを祝して、今回はクリムゾン関連のネタ(ネタかい!?)をいってみよう!
 とは言ってもクリムゾンのアルバムに評論なんておこがましいので、あくまでもお祝いということで感じた点をいくつか書くことにしましょう。(オイオイ、「いってみよう!」って言う割にはいきなり随分と弱気だな・・・って、キングクリムゾンに対してもの申すなんておこがましくて出来ないもんね。)
しゅうごさん
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待望の新譜発売だ〜っっっ!!!!
 今回のアルバムで強く感じたのは、パット・マステロットとトレイ・ガンの新人(といっても今回が初参加という意味ではなく、90年代クリムゾンになって初めて参加したメンバーという意味です。)2人がビル・ブラッフォードとトニー・レヴィンに気兼ねなく初めて自分たちの能力を発揮し得たアルバムだなということです。だって2人とも今まではすごく影が薄かったから(きっと先輩方に挟まれて大変だったことであろうと他人事ながら頭が下がる思いです。)、このアルバムでやっと本領を発揮することができたことでしょう。実際このリズム隊がすごく良い仕事をしていると思います。彼らの貢献によってドライブ感が増し、メタル色が強くグランジ風味の趣きがあった90年代クリムゾンの音像が今までよりもさらに締まり、このリズム感によってヘビィな感覚が強まったように感じます。メンバーが6人から4人に減ったことをハンディに感じさせないばかりか、ロックのダイナミズムを強く感じる作品となりましたね。ビル・ブラッフォードが今回参加していない理由に関してフリップ翁は「ビルの仕事が忙しくてスケジュールが合わなかっただけ。(後略)」というようなことを各所で言っていましたが、このアルバムを聴いてみると、ジャズ系ドラマーへとますます傾倒していくビルブラッフォードをフリップが敢えて起用しなかったのではないかとさえ思えるのですが、どうでしょう。
 初めて1回通して聴いた時には、80年代クリムゾンと90年代クリムゾンが融和した今までの流れに近いベクトルを感じたのですが、聴き込んでいくと確かにそのイメージを持ちながらも、とても緻密に構築されていることに気づきました。どうやら今回のアルバムは何度も聴き返せば聴き返すほどボディブローのようにジワジワと効いてくるタイプのようです。一聴後のインパクトが凄く強いわけではありませんが、それ故にクリムゾンを聞き込んできたリスナーにとってジックリ聴ける、そうやって真価を発揮するアルバムに仕上がっているようです。とにかく僕にとっては「フラクチャー」の続編となる「フラクチャード」と、「太陽と戦慄パート4」がタイトルどおりそれぞれの続編にふさわしい素晴らしい出来映えで、コイツでダブルノックアウトを喰らってしまいました。やはりこの2曲を聴かずして90年代クリムゾンは語れないでしょうね。10月に決定した来日公演でこれらの曲を聴くのが今からとっても楽しみです。
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哀愁と叙情性
 そして何回かこのアルバムを聴いているうちに夢が広がってしまったことなのですが、(そんなことはとても無理なお願いだとは分かっていますが・・・敢えて言うと)次回こそは哀愁漂う叙情性の高い曲を演奏して欲しいと強く感じました。
 70年代クリムゾンのアルバムにあったように美しい調べを持った、哀愁と叙情性を称えたナンバーたち、例えば「エピタフ」や「クリムゾンキングの宮殿」、そして「スターレス」など。さらにもの凄く凶暴で張りつめた楽曲の狭間にはさまれて配置されていた、触れると壊れてしまうくらい繊細なメロディを持った「ムーンチャイルド」のような曲など、アルバムのトータル・クオリティをグッと高めていたあの楽曲群には叙情性と儚さが同居し煌めいていました。あの初期クリムゾンが持っていた哀愁を体験することはもう2度とできないのでしょうか? うーん、できないんだろうなあ・・・と言いつつも実は数年前にスティーブ・ハケット&フレンズの来日公演でフレンズの一員としてやって来ていたイアン・マクドナルドとジョン・ウエットンたちが「キングの宮殿」と「風に語りて」を演奏したときにはホントにホントに感動させてもらいました。でもやっぱり今のキング・クリムゾンで新しい形の「キングの宮殿」や「スターレス」を聴いてみたいですよね。(同じ曲をやってくれという意味でなく新しい「エピタフ」や「キングの宮殿」を作って欲しいと言う意味です。同曲をやってくれるのならそれはそれで大歓迎なんですが、まず不可能でしょう。)グレッグ・レイクやイアン・マクドナルドやジョン・ウエットンがいないと、そのタイプの曲は作れないというのならプロジェクトの活動を何とかこっちに変えてくれんかなあ・・・なんて戯れ言ですけどね。でもそんなこと思っている不遜なリスナーって意外と多いと思うんだけどなあ。まあ、グレッグ・レイクの声質だけは今や相当苦しいものがあると思うので、彼は無理としてイアン・マクドナルドやジョン・ウエットン入りのプロジェクトはみんなも見てみたいでしょ?無理なんだけど・・・。
 そういう意味では今のキング・クリムゾンにおいて緩急をつけるための役割はエイドリアン・ブリューの曲が担っているのでしょうが、僕としてはどうしてもアメリカンな香りがして残念ながらなかなか馴染めないでいます。(エイドリアン・ブリューファンの人、ごめんなさい。)80年代クリムゾンがリアルタイムな人には全然ノープロブレムなことだと思うんですが、オールドエイジの自分には70年代クリムゾンの幻影がどうしても頭をよぎってしまいます。線が細くて空間を漂うな軽さを伴うエイドリアン・ブリューのギターの音色も特に今回のヘビィなリズム隊との協調という点で考えると、やっぱり少し浮いた感じがします。(あーん、エイドリアン・ブリューファンの皆さんごめんなさい。許して〜。)逆にその異質なものとの融合という観点から見ればそこが魅力ともなるのでしょうが、どうもこの音色を聴いていると昔TVのCMでエイドリアン・ブリュー自身が登場して楽しげに象ギターを「パオーッ」と弾いていたクリムゾンらしからぬ姿(いや〜ん)が蘇ってくるんです。とは言ってもツインギターバンドですからその役割分担を考えるとそれぞれの色合いのバランスを考えてのことだということも分かっています。すご〜く勝手なことばかり言ってしまいました(ちょっと後悔)が、これもみなクリムゾンだからこそ敢えて言ったまでのこと。このアルバムの出来映えは凡百のバンドとは明らかに一線を画す素晴らしいものですから絶対に誤解無きようお願いするとともに是非とも聴いていただきたい(みんなが買ってくれないと来日や今後の活動にも支障が出るかもしれない。みんなクリムゾンを応援しよう。)
 あっ、ちなみに海外のVROOMツアーでは「21世紀のスキッゾイドマン」(これってやっぱりこう書かなければいけないんですかね。自分としては昔の邦題「21世紀の精神異常者」の方がピタッと来るんですけど・・・)をやっていた筈なんだけど、これだけインターバルがあってメンバーも2人減っていたりすると、やらなくなってしまうのかしら? うーん、それはまずい。やってくれないととっても寂しい。是非とも、絶対に演奏してください、って誰に言っているんだろう、俺(トホホ)。



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