巨人たちの奇蹟
5thアルバムが「ムーンマッドネス」。クラシカルな4thから一転、再びロック色を強めたアルバムです。(細かいアルバム解説を行っているととても今月中に終わりそうもないので、甲乙つけがたい初期3部作の名に恥じぬ名作であることを言って、先を続けます。)このアルバムを最後にオリジナル・メンバーのダグ・ファーガソンが脱退。ここまでが第1期キャメルといえるもので、これ以降キャメルはギター・サウンドを前面に押し出したバンドから、多彩な楽器編成で聴かせるバンドへと変わっていくのでした。

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6thアルバムでは、ファーガソンに代わって元キャラバン、ハットフィールド&ノースのリチャード・シンクレアが加入。またゲストに中期キングクリムゾンで活躍したメル・コリンズ(サックス、フルート)と、ロキシー・ミュージックのオリジナル・キーボーディストだったブライアン・イーノが参加し、よりボーカル色を強めジャズ・テイストを加えた「レイン・ダンス」を発表します。アルバム全体を通したトーンが前作までよりカラフルになった印象を受けるのは、そうしたゲストの貢献があってのことと思いますがどうでしょう?シリアス一辺倒だったと言って良かったキャメルの楽曲ラインナップに、リラックスしたムードの楽曲がお目見えしています。それはリチャード・シンクレアの影響が顕著だと言って良いと思われ、シリアスなキャメルにキャラバンのキャッチーさが加わったと言っても良いかも知れません。(そのリラックスしたイメージを作っているのは、リチャードのボーカルじゃないかという気がするのですが・・・。)

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7htに「ア・ライブ・レコード」を挟んで、8th「ブレスレス」が発売されるのは1978年のことです。このアルバム制作時にはメル・コリンズが正式メンバーとして加入しています。同アルバムでは更に楽曲のバリエーションが増しているのがわかります。また同時代的なモダンな印象も与えるかも知れません。初期のキャメルとキャラバンが、より融合を果たしたようにも感じます。特に「スノー・グース」のようなシリアスなキャメルを求めるリスナーにとって、当時どのような評価が下されていたのか?とても気になるところではあります。(ボーカルがキャラバンのリチャードで占められているだけでも、両方を知っているボクにとっては複雑です。だって、リチャードのボーカルはラティマーより遙かに上手いとは言いながら、キャメルと言うよりキャラバンなんですからね。彼のリラックスしたボーカルからは、シリアスと言う言葉は余りににあわなさ過ぎます。)そしてついに、ラティマーと共に、バンドの2枚看板だったピーター・バーデンスが脱退。彼はバンドの重要なコンポーザーだった訳で・・・彼を失ったラティマーは本当に辛かったことでしょう。ここからは正にバンドは毎アルバム毎にメンバーを入れ替えながら、ラティマーのプロジェクト色を強めていきます。

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 9th「リモート・ロマンス」は脱退したリチャード・シンクレアに代わり、その後のキャメルの専属ベーシストとして活躍するコリン・バスが加入。またキーボードではバーデンス脱退後加入していたヤン・シェルハースに、アメリカの名プログレッシブバンドのハッピー・ザ・マンのリーダーだったキット・ワトキンスが加わったダブル・キーボードへ。さらに10th「ヌード」では久々のコンセプトアルバムを製作。サイパン(だったよね?)で発見された小野田少尉の物語を、アルバム1枚で語ってしまいました。ソロ活動に専念するためバンドを脱退したワトキンスに代わって、同アルバムでは元10ccのダンカン・マッケイが加入し、デジタリーなシンセの音色が強くなった気がします。この後、ラティマー以外最後に残ったオリジナル・メンバーのアンディ・ワードも脱退し、ついにオリジナル・メンバーはラティマーひとりになってしまいます。その後、プロジェクトの形で、11作目のベスト盤を挟んで、12th「ザ・シングル・ファクター」を1982年に、13th「ステーショナリー・トラベラー」を1984年に発売した後、キャメルはそのバンド活動の長い道のりに一旦終止符を打ちます。

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ところが1991年、突如キャメルは再活動。前述のコンセプトアルバム「怒りの葡萄」はシリアスなキャメルの復活でもありました。以後、1996年「ハーバー・オブ・ティアーズ」、2000年「ラージャーズ」と、さすがに全盛時代のようなコンスタントなリリースとはいきませんが、ラティマーのライフワークのように地道に活動を続けているようです。


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