氏原さん お便りありがとう!

青:氏原さん
黒:ヒロ高橋

 最近はというより90年代以降、英米のヒットチャートには無縁で、テクノ・トランス系の音楽に寄り道しっぱなしで、プログレ探求はたまに思い出したようにCDを買う程度です。ところが名前で買ってしまうという行為を僕もしてしまう訳で、クリムゾン新譜や旧音源の公式発売(豪華ブックレット付)やピート・シンフィールドのソロ再発、イアン・マクドナルドの新譜、トニー・レヴィンのソロ作というように。これって既にマニア的症状に冒されてるんでしょうか?そして昨日、高橋さんお薦めのPFM『幻の映像』『甦る世界』を買ってみました。一回通して聞いた後の感想は、確かによいです。高橋さんに気を使い話しを合わせているわけじゃ決して無く、本当に良いです。これから繰り返し聞いていくうちにもっとよくなることと思います。またまた表現が稚拙ですが、このPFMとの出会いはかなり嬉しく、これはもうディスクユニオンプログレフロアにも行ってみたくなりました。

 ボクはほぼリアルタイム(とは言っても、日本盤発売と同時)にPFMと出会いました。それは衝撃的な出会いでしたね。前にも書きました通り、イタリア盤の1st2ndも入手し、一時期はPFM付けの毎日でした。そして日本初発売のイ・プーの「ミラノの映像」を買う等、次のPFMを探したのでした。(なんたって「映像」という邦題がついてるわけですから、PFMを彷彿としちゃいますよね。でも予約で受け取った・・・ジャケットが・・・全然ファンタジックじゃなくて、愕然としたものでした。今聴くと、良いアルバムなんですけど、当時はあのポップなサウンドの中にPFMを探そうと必至だったですよ。「あっ、このコーラス、PFMっぽい」とかね。涙ぐましかったなあ。)オルメだとか、色々な名前は出るんですけど、日本に入ってきた頃にはプログレに興味を失い始めていた頃で、もうどうでも良くなってました。しかし、イタリアにこんなプログレのスゴイのウジャウジャいたなんてビックリしますよ。是非今回のPFMを皮切りに、イタリアの方にも手を染めていただいて、ボクと一緒に(悪の道に)落ちていきましょう。

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 長くなりましたが、最後に常々思っていたことをお聞きいたします。プログレ隆盛期のアルバムの邦題というものは、僕は大変味わい深いものがあると思うのですが、一時ヴァージンで発売されたものに邦題が削除されているものがあります(現在もそうかも)。クリムゾンの『暗黒の世界』、ジェネシスの『月影の騎士』『怪奇骨董音楽箱』等がそうです。『暗黒の世界』は収録曲も(偉大なる詐欺師、夜を支配する人々、突破口、他)英題表記のみとなり、どうしてだろうと思います。こういうものに決まり(表記する義務)は無いんでしょうが、なんとも残念でなりません。高橋さんはどう思われますか。もうひとつジェネシスの、『月影の騎士』は“つきかげ”か“げつえい”どう読むのか。『幻惑のブロードウェイ』『眩惑のブロードウェイ』どちらが正しいか、ご存知でしたら教えてください。

 あの頃の邦題は味がありますよね。有名所ではフロイドの「原子心母(ワープロで変換できない!)」やダークサイド・オブ・ザ・ムーン=「狂気」なんて本当に名和訳だと思います。「月影の騎士」の原題なんか、元のタイトル「セリング・イングランド・バイ・ザ・パウンド」とは何の関係もないですし。で・・・読み方ですけど、熟語は音読みするのが一般的(もちろん例外もありますけど)なので後者が正しいはずです。ブロードウェイの方はどちらなんでしょう?「怪奇骨董音楽箱」という邦題は、ボクは90年代まで知らなくて、ずっと「ナーサリー・クライム」でしたから、ボクの持っていたジェネシスはイギリス盤だったのでしょう。フォックスト・ロットも辞書で調べた覚えがあるので、英盤を持っていたのだと思います。音楽を聴くには情報が少なかった分だけ、まるで宝探しのようだったあの頃が本当に懐かしいし、今でもとても輝いて感じられるのは何故でしょう?マーキーという雑誌の初期の頃、編集長だった山崎さんが「プログレを聴くことで、現実逃避していた」という行があるのですが、ボクもそうだったのかも知れません。若い時は誰だって「人とは違う人生を送りたい」と願うモノですが、ボクはその願望がすごく強かった。そしてプログレはボクの願望そのものだったのかも知れない・・・と思うのです。当時のプログレの邦題にはそんなロマンチックな思いがいっぱい詰まっている・・・そんな気がします。
70年代後半から80年代以降は社会がとても現実的になってきて、音楽も実需の中に置かれざるを得なかった。ロマンの香りはとても希薄になってしまったと感じます。ボクが音楽から離れてしまったのも、それが耐えられなかったからのように思います。余談ですが、ボクがゲーム製作を始めるキッカケになったゲーム業界の黎明期には、音楽が失ってしまったロマンがあったのです。ボクは狂ったようにゲームを漁り、気がついてみると自分自身がゲームの世界の住人になっていました。ゲームもビジネスで語られることが多くなり、とても哀しい気持ちにさせられることも多々あります。だから、せめてボクのゲームはロマンを失わずにありたいと願っているのです。(だけど任天堂の宮本さんや、レア社のゲーム・・・代表作ドンキーコング・バンジョー&カズーイ他等は、同じ気持ちで作られているのではないかと感じられて、とても嬉しいです。)

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なかなかプログレへの思い入れをうまく文章に表すことができず歯がゆいのですが、自分の音楽遍歴は至高のものであり、かなり自己満足ではありますが悔いの無いものに仕上がっていく過程にあると思います。まあ他人にとやかく言われる筋合いは無いので、これからも別にあせらず好きなものを探していこうと思います。それとこれからもHP楽しみに拝見させていただきます。それでは。

 どうぞ、また遊びに来て下さい。

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高橋宏之


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