氏原さん お便りありがとう!

青:氏原さん
黒:ヒロ高橋

 これは氏原さんという方から頂いたお便り(メイル)です。

 初めておたよりさせていただきます。私のたあい無い音楽遍歴の一例などを通じ、プログレへの思い入れを書かせていただこうかと思います。しばしお付き合いください。

 最近、読者の方の音楽遍歴が随分送られてくるようになりましたね。氏原さんも、少しボクより年下の方で、ボクが洋楽を聴かなくなった頃、洋楽のとりこになったとのこと・・・。

★☆★

 79年(中学一年)の春休みに従兄の家でサタデーナイトフィーバー期のビー・ジーズを聞き、それ以来洋楽中心の人生となって今日に至ります。春休みが終わり中二になった頃から、小遣いの乏しいその時代、AM・FM(民放4局の時代)問わずラジオが貴重な音楽情報源となり、今では懐かしいエアチェックをせっせと励んでいたわけです。そのエアチェックのためにFMレコパルの購読を始め、どなたかの返信にも書かれていたNHK−FM『軽音楽をあなたに』『クロスオーバーイレブン』等の番組は僕もよく聞きました。高校の頃になると、ベストヒットUSAのオンエアも始まり、高校卒業までの間は当時活躍していた英米のアーティストを素直に受け入れ、楽しんでいた時代でした。またこの頃、エレキギターを買い求めたまではよかったのですが、友人とバンド立ち上げることも独学でやる根性も無く、まもなく挫折した経緯もあります。

 サタデーナイト・フィーバー、流行りましたね。「フィバナイ、フィバナイ、フィバー」なんて、どこのチャンネルを回しても流れてきたもんでした。ボクの大学時代だったでしょうか・・・。(ディスコ・ブームだとか、起きたんでしたかね?)そしてラジオのエアチェックですね。音楽にはまり出すとやるんですよ。元々ボクのエアチェック歴は深夜放送からです。谷村シンジのセイ・ヤングだとか、パック・イン・ミュージックだとか、エアチェックしました。それとは別にオーディオではアルバムをまるごとやってくれた「軽音楽をあなたに」とか、エアチェックしましたね。「FMレコパル」ですか?シュウゴさんがレコパル派だったと思います。ボクは「FMFAN」を購読してましたね。

★☆★

 84年に大学に入学し、そこで出会った友人の岩部君を介して二枚のアルバムと出会い、洋楽人生の転機が(大げさである)訪れました。1枚目はレッド・ツェッペリンの『IN THROUGH THE OUT DOOR』で、79年発表のこのアルバムの存在はFMレコパル誌上の広告で知ってはいたのですが、なぜか敬遠していたのです。高校時代に『天国への階段』をコピーしたりしてた友人もいるにはいたのですが、その当時は一昔前の音楽に対しての古臭いものしか感じられず全く興味は無かったのですが。ところがこの『IN THROUGH...』は僕のそれまでの洋楽概念を遥かに超え、計り知れない躍動感をもって引きずり込まれました。後年ツェッペリンに関する評論を見ると、残念ながらこのアルバムに対する評価はどれも最悪なのですが、僕にとってはいまだに思い入れの深いものになっています。
 そしてそして2枚目に聞かされたのが、キング・クリムゾンの『THREE OF APERFECT PAIR』だった。80年代再結成後3枚目のこのアルバムで実質的なクリムゾンとの出会いを果たし、プログレ探求は今も続いているわけです。当時の印象として、なんと言ったらよいのか、とにかく楽曲や演奏技術の難解さがどうにも心地よく(?)、なんだかわからないけど『すげーなあ』というものに近かったのではと思います。音楽は好きなつもりだけど楽器が弾けるわけで無く、どの楽器のどのへんの使われ方とかコード進行とかといった具体的な感想表現はできないのでお恥ずかしいのですが、とにかく目からうろこが落ちたような出来事であったのは間違い無いです。ところで80年代クリムゾンも、当時は古くからのファンには否定的な意見が多く見受けられたようですが、これまた僕にとっては非常に入りやすくて、思い入れのあるものとなっています。そして必然的に『クリムゾンキングの宮殿』を聞き、月並みですがその素晴らしさに度肝を抜かれ、プログレから抜け出すことはできなくなってしまったわけで(笑)。後に思ったのが、この『宮殿』という楽曲に出会えた、そして深い感銘を受けた、このとき確かに自分の洋楽人生のひとつの頂点(またまた大げさですが)に達したのではという誇らしさが、今の僕の支えとなっています。

 ツェッペリンからロックの世界に入られたんですか?もちろん、その前にはソフトなロック系で慣らされていらしたのでしょうね。
件のアルバムはボクは残念ながらわかりません。ボクが最後に聞いたツェッペリンのアルバムは5thの「神秘の館(だったかな?)」でした。3rdはロックンロールやブラックドックといった代表曲が目白押しの名盤中の名盤として有名ですし、4thに確か「天国への階段」がフューチャーされてたんでしたね。ボクは個人的に3rdから5thまでがツェッペリンの最もクリエイティブだった頃だと考えていて、それ以降はアメリカナイズされ過ぎていて好きになれないんですが・・・食わず嫌いかも知れません。

 第2期クリムゾンから、それも3作目の最終作からクリムゾンを経験したというのも珍しい・・・というか、そういうのもあって良いのかも知れませんが、どうしても1stから入った自分のイメージがあるもので「へぇ」と思ってしまいます。でも、どこから入っても構わないのではないでしょうか?ボクは初期のイメージが強すぎて後期クリムゾンでさえ、拒否反応を持っていたことがあります。そういう抵抗感がない分だけ、ある意味、幸せかも知れませんよね。(ところが後期クリムゾンでも「太陽と戦慄」は当時から名盤だと信じていたのは、なんだったのでしょうか?もちろん今は、「暗黒の世界」も「レッド」も大好きで、紙ジャケ盤の発売まで期待してるんですから・・・変な先入観はない方が音楽が楽しくなるというのが実感です。)前はハードロックやヘビィロックも否定していたところがあったのに、今聴くと「何だ、オルガン入りのブリティッシュロックじゃん!」みたいな感じで聴けてしまってますからねぇ・・・偉そうなことはいえないですよ、ホントに。あの頃はその辺のロックって「やかましい!」というイメージが強かったですけど、やっぱりエスカレートしていくものなのか?昨今のメロディックとかの方がよっぽどやかましいですね。去年、BSでオン・エアしたワイト島フェスのドキュメンタリー映画でジミ・ヘン(何だ、それ?なんて思う人は、この部屋に遊びに来てくれる人にはいないでしょうけど、一応言っておくとジミ・ヘンドリックスです)を見ましたけど、メチャメチャ格好かったし、ザ・フーとかも見直すキッカケになりました。(リアルタイムで聴いた「4重人格」はダメだったのに。)この歳になって許せるとか、こだわりがなくなったというのがあるのかも知れません。

★☆★

 この後プログレをクリムゾンから模索するのに大変参考になったのが、『キング・クリムゾン至高の音宇宙を求めて』(北村昌士著、シンコーミュージック出版)という本でした。バンド結成から74年解散までの経緯が克明に綴られており(巻末の歴代メンバーの参加アルバムが興味深く、高橋さんお薦めのPFMも出てました)、こうして模索していったのが、80年代末頃までにビル・ブラフォードからイエス関連、ロバート・フリップからブライアン・イーノ、ピーター・ガブリエルといったあたりですね。90年代に入りBOX4枚組CDがブームになり、にわかにプログレ周辺が話題豊富になってきたのも今や少し前となりますが、EL&P、ピンク・フロイド、ジェネシス、ムーディー・ブルースと有名どころを時間をかけながら聴いてきました。

 ボクはプログレ全盛期がど真ん中の世代(ちょっと早熟)なものですから、ブライアン・イーノは別にして、ほとんど同時代的に聴いてしまいました。矢継ぎ早にリリースされる新作と、過去の作品とを資金のやりくりをしながら聴いていましたね。加えてバンダーグラフだとか、ジェントル・ジャイアントだとか、ルネッサンスだとか・・・手当たり次第という感じでしたね。取り憑かれるようにという形容がピッタリなほど、飢餓感が強かった覚えがあります。このまま収集し続けたら破滅するかな?という感情もけしてオーバーなモノではありませんでした。そして購入したアルバムを何度も何度も覚えるまで、ターンテーブルに回していましたね。だから、あの頃とか、プログレッシャーを再開してからの数年間に聴いたアルバムは、特に特別な思いもあります。そこまで聴き込んだからわかるニュアンスであるとか?フレーズまで覚えてしまう愛着とかは、アルバムのクオリティ以上に、思い入れの度を強めるのかも知れませんね。しかし、覚えられないのは沢山のアルバムを次から次に聴いているからというばかりではない気もします。楽曲の複雑さに関わらず「耳覚えのいいアルバム」というのはあって、それは聴いた回数ばかりのことではないのです。ホンの数回のリスニングでバンドの特徴みたいなものを覚え込ませるバンドはあります。結局そういうバンドのアルバムは愛着のあるアルバムとして、後々まで残っていくモノなのです。リイシューは良くて、新作はつまらない・・・ではなくて、そういう個性があるからこそ、ボクをリイシューモノに振り向けてしまうのだと思います。

★☆★

 一応数ある中で特に好きなのは、宮殿〜アイランドまでのクリムゾンとスティーブ・ハケット在籍時のジェネシスです。初期のクリムゾンの凄さは今更僕が言わなくてもという感じがありますが、ハケットの日本における評価がどうも低いみたいで残念です。ハケットはギタリスト、ソングライターとして今や僕の中では不動のものとなり、ジェネシス在籍時の古い写真にある黒縁の眼鏡をかけた物静かな文学青年といった風体の若かりし彼がとても印象的で、バンド在籍時及び脱退後のソロ活動を含め単独アーティストとしては最も好きな人です。しかし先の日本公演のことは全く知らず、サポートメンバーの豪華さを含めて、公演に行けなかったことはかなり悔やまれます。DVDは買いました。イアン・マクドナルドのフルートソロ(風に語りてと宮殿ですよ。そりゃ見に行った人はどんなに嬉しかったことか!!)、ハケットのソロ曲『THE STEPPES』等は見ててジワ〜ときましたね。

 ボクがジェネシスを聴いている頃、メンバーというのは重要なファクターで、そこから次の関連アイテムを発掘していった訳なんですけど、当時何故か、スティーブ・ハケットって影が薄かったんですよ。あの頃は派手目なモノばかりを追いかけてたせいなのか?ジェネシスって軟弱なプログレという感じだったです。当時、もしかすると輸入盤で聴いていたのかも知れません。(それらのアルバム、引っ越しで捨てちゃったんですね・・・今考えれば、何てもったいない!)ライナー、読んだのかなあ・・・。フィル・コリンズは、とてもイメージがあって、80年代に映画館で彼のソロのシングルのシネ・アド(シネマ・アドバタイジングというのかな?)を見た時「フィル・コリンズって・・・ジェネシスのドラマーと同じ名前じゃないか!」って言ったら、そうだよって言われて「何でお前がジェネシス、知ってるんだ?」とひっくり返った記憶があります。そのぐらい洋楽にうとくなってたボクが、それでもフィルのことは忘れませんでした。多分、名手扱いされてたか何かで、イメージが強かったんでしょう。だって、それ以外はジェネシスといったらピーター・ガブリエルでしたからね。あのアクの強いボーカルは、最初聴いた時けしていいとは思えなかったですよ。
「気持ち悪い歌い方だな!」(あの頃ボクはバンドでボーカルを取っていましたけど、ああいう歌い方をしようなんて思わなかったし、出来ないですよ・・・格好悪いでしょ?学生時代にバンドをやろうなんてヤツは大概、女の子にもてたいから・・・でしょう。なのに「格好悪ーい!」なんて言われそうなことできません。)というのが強くて、あの当時では、一番まともに歌っていた「月影の騎士」がフェイバレットになるわけです。「ガブリエルもまともに歌えるようになったじゃん」という感じです。
空件のスティーブ・ハケット+フレンズは、仲良くして頂いているワールド・ディスクの中島店長から教えてもらってチケットを購入しました。実はイアン・マクドナルドとジョン・ウェットンが目当てで行ったコンサートでした。ジェネシスのセルフ・トリビュート・アルバムをフックにして来日するというのも「何だかなあ」という感じでしたから、余計に印象が悪かったのかも。でも、感動しましたね。90年代の再編クリムゾンやELPのコンサートは行きましたから、後期クリムゾンの曲や「21世紀の精神異常者(スキッゾイド・マンなんて言い方は邪道・・・大仁田厚かあ!)」はライブで聴きましたけど、「クリムゾン・キングの宮殿」のライブがけるとは!何て幸せ者でしょう。あの頃、ニセグレッグ・レイクと思っていたウェットンのボーカルも、今のレイクよりよっぽどレイクでしたし、ウェットンをよくも連れてきてくれました。それ以外にもジェネシスの往年の名曲の数々・・・感動的でした。途中の数曲、知らない曲をやっていて「おや?」という感じでしたけど、ソロからの曲だったのですね。今はハケットのソロも一通り揃えましたけど、あの頃は知らなくて・・・ちょっと悔しかったです。DVDが出てるんですか・・・どうしようかな・・・。

NEXT→


tophome