PMF
PFMは本当にビックリさせられました。今までのプログレは、それは本当に新しく素晴らしい音楽だと思っていました。クリムゾンの叙情性に何度涙を流したことでしょう?ピンクフロイドの「狂気」の構築性は「完璧」と呼べるモノでしたし、ジェネシスの作り出すバンドアンサンブルの見事さは筆舌に尽くしがたいモノでした。しかしPFMのオリジナリティは、それらを遙かに凌駕していると感じさせられるモノでした。
今までのプログレはロックとクラシックの融合の素晴らしさと、ジャージーな展開の妙でボクをとりこにしたものでした(アコースティックな楽器が入っているとまた、ボクの中でのランキングは跳ね上がりました・・・でもストリングス系メロトロンの洪水に勝るモノはありません)が、PFMのそれはそれらをも軽々と飛び越えてしまっていると感じさせられるモノでした。1曲目からして「これはなんだ!」と思わずにはいられません。メロトロン・ストリングスのフェードインから、メロトロンが壮大に鳴り響く中をハープが美しい音色を紡ぎ上げていく冒頭部だけでも、ただ事ではありません。そしてそれらが一旦終了した後、メロトロンとクロスフェードしながらいかにもクラシックギターという感じのアルペジオです。さらにリズムチェンジの後、フルートとクラシックギターがデュオを取りながら、チェンバロが切り込んできて、やがて不協和音的に盛り上がってトリオ演奏が終了し、メインメロディーのコーラス部へと移行します。ここでもまだ、クラシカルなアレンジは続き、ドラムは入ってくるもののあくまでもクラシカル!フルートがコーラスとユニゾンでメロディーに寄り添うように色を添えるアレンジセンスもバツグンで、その後ロックらしい展開部でもイタリアらしいバロック音楽の気品と歴史を失うことはありません。
これまでインプロビゼーションというのか?瞬発的なイマジネーションによる意外性のある展開というのは、クリーム以降のアートロック〜プログレの流れの中でいくつものバンドがやってきていましたが、それはあくまでも即興でしかありません。即興でできた展開はともすると凶暴なモノとしてリスナーに襲いかかります。PFMのそれは、即興の凶暴性や破綻による意外性とは次元の異なるものです。あれだけ(多くは8小節から16小節単位か?)細かい展開をしながら、それらの全てが構築されていると感じさせられるのって、これまでになかった経験だったのです。けして多くのクラシック音楽で感じさせられるような「退屈さ」の微塵もない音楽であり、ロックという範ちゅうで語られるべき音楽でありながら、イタリアを感じさせる気品と歴史を感じさせられる音楽なんて、凄すぎると思ったのです。
けして即興性の凶暴さを否定するわけではありませんが、PFMとはボクにとって本当に音楽でユーロのイメージを伝えてくれる唯一無二のプログレッシブなバンドでした。しかしPFMを知ってしまったことが、ボクにとって両刃の剣になってしまったのも確かでした。ゲームでも同じでしょうけれども「最高だ」と思うモノを知ってしまった時から「それ以下が許せない」身体になってしまうのが、趣味趣向の世界だと思うのです。PFMを聴いてしまってからは、PFMの「幻の映像」並の音楽を身体が欲してしまうのです。前出のジェントル・ジャイアントは確か、PFMのメンバーが好ましいバンドであるとインタビューで語っていたことから、輸入盤を探し回って購入したのだったと思いますし、別のメンバーが「イ・プー」というバンドはいいよという話をすれば「ミラノの映像」というアルバムを聴き狂った覚えがあります。今聴けばどちらも素晴らしいバンドなんですが、ボクが目指していたのは「あくまでもPFM」だったのです。そしてある日悟ったのです。「PFMみたいなバンドはもう現れない」ということをです。その失望感からか、やがてボクの興味は、別な趣味趣向や異性との交際等に向かい、音楽を探訪する熱意は次第にしぼんでいったのだったと記憶します。

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