今月のプログレの部屋……危なく「おとしそう」になってました。先月も実は「マリオテニス64」の詰めとか、色々ありまして合併号という逃げをしてしまったので、今月も合併号でも良いかなあ……なんて思いもしたんですけど「そりゃあ、あんまりだろ!」ということで、忙しい中頑張ってみます。(ちょっと、手抜きがあったら勘弁して下さい。)



今回は
今月も「ブリティッシュロックの巨人」ということで、ブリティッシュプログレの最重要バンドの特集をやろう!と思っていたんですけど、そういうバンドほどボクが90年代にプログレに復帰してから真剣に聞いていないんです。前回のイエスでも「あの特集のため」あらためて聞き直してみたり、結構色々やることになっちゃった訳です。それで今回はちょっと時間もないので、思いつくままにプログレについて語らせて頂くことで勘弁して下さい。


とりこ
ボクがプログレを聴きだしたのは、最初はムーディーブルースだったと思います。「童夢」という同バンドの6thにあたるアルバムが日本発売される時だったのじゃないかなあ・・・。これ、日本では71年に発売されたことになっているので、ボクが14歳(中学2年)の時だったことになります。小学校5年の時に(先日・・・といっても3年前ですか・・・亡くなった)祖父から「お古」の携帯型ラジオをもらって音楽を聴きだしたボクは、すぐに歌謡曲よりも洋楽の方が断然格好良く思えてしまい、「洋楽のとりこ」になっていったのでした。最初は訳も分からず聴いていたのですが、その内に少しづつ好みらしきものが芽生え始めました。どうやらヒット・チャートの上位を占めているものの中でも、叙情的な音楽に惹かれるボクがいたのです。カーペンターズ等は当時、最もお気に入りのひとつでしたが、やはりビートルズにとどめを刺されたといって良いでしょう。
最初はヒット曲の多いアルバムを選んで買っていた覚えがあって、耳覚えのあるヒットソングが流れるとホッとしたものでした。運命的な出会いと呼べるのは「サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」でしたね。多分、ビートルズが解散する少し前のことだった(いづれにしても、前後だったはず)と思います。今まで体験したことのない様な「ストーリー性」「アルバムの統一性(秩序とか流れ)」を感じさせてくれるアルバムで、それをコンセプトアルバムと呼ぶことや、トータルアルバムと呼ぶのだというのを知りました。それまでアルバムとはヒットソングが一杯入った「お徳用版」と捉えていたボクには衝撃的な出会いだったのです。他にもビートルズのアルバムの中に「コンセプトアルバム」や「トータルアルバム」はないのかと探して、次に見つけたのがアビーロードだったのです。(これは、今考えてみると多分ほとんどリアルタイムだったのでしょうね。ちなみに「リボルバー」は当時サイケ色が強く好みに合わなかったはずですが、今聴いてみるとやはり評判に違わぬ名盤です。)特にB面の流れは素晴らしく、ビートルズ解散の衝撃がボクのビートルズへの思いに拍車をかけました。(あの当時、年長者ではそうした思いの人が多かったんじゃないでしょうか・・・。)
とまあ、ある意味では「サージェント」「アビーロード」が、ボクにとってプログレとの第1次接近遭遇だったことになるでしょう。ところが、その辺のアルバムを好きになるほどボクは孤独になっていくのでした。何しろ当時はそれじゃなくても、中学生で洋楽を聴いているような早熟者はほとんどいない時代でした。それなのに、ボクの好きなビートルズのアルバムはヒットソングが無いものばかりときてるんですから、周りと接点がなくなっちゃう訳ですよね。(本当は「レット・イット・ビーはいいね」とか言っときゃ良かったものを・・・。若い頃のボクは人の知らないことを知ってるというので「鼻にかけてる」と思われていたフシがあって・・・。ちょっと洋楽も聴いてる「普通だったら少し進歩的な中学生」が「イエスタディはいいよな」とか盛り上がっているとこに、「イエスタディとかはビートルズの初期の名曲ではあるけど、アルバムとしてはサージェントでしょう!」なんて言われたら、「イヤなヤツ」とか思われても仕方ないですものね・・・。)他にも当時はボーリングをやっていて、やっぱり周りのみんなと接点がなかったし・・・。(当時は選手として国際試合とかにも出てたのに、同級生には誰も「その事実」を知ってる人がいなくて、日刊スポーツ杯とかのトロフィーが沢山並んでいたのに、単なる道楽者だと思われていたのも少し哀しかったなあ・・・。)オーディオも好きだったけど、中学生がオーディオって言ってもねぇ・・・。それでも、少しはビートルズで盛り上がれる同級生や、ビートルズつながりからハードロックへも向かったボクがディープパープルとかで盛り上がれる場面もありましたけどね・・・。(ボクが当時心から信頼していた岩田君という友達だけには、そういうことも本音で話せたモノでしたけど・・・。彼、今どうしてるだろうなあ・・・。)


「ムーディーブルース」との出会い
ずいぶん脇道に逸れちゃいましたけど、ムーディーブルースに出会うことになりました。実は本当はキング・クリムゾンの「キングの宮殿」やピンクフロイドの「原子心母」が先か、今一覚えていないのですが・・・。とにかく、その辺がボクの最初のプログレ体験だったのですが、多分ミュージックライフのレビューに「サージェントみたい」という文言が入っていたのがキッカケだったはずです。もちろん、「キングの宮殿」がアビーロードを抜いて「チャートの1位になった」という触れ込みは当時衝撃的で、その衝撃で購入した可能性もあるのですが・・・。クリムゾンをリアルタイムに買いだしたのって、たしか3rdの「リザード」からだったような気がするのです・・・。まあいずれにしても、その辺はもう矢継ぎ早という感じで聴き狂いましたから、どれが先か?後か?という問題ではないという感じです。買ってくる度に「スッゲーッ」という感動の連続でしたからね。当時はボーリングとオーディオとプログレと映画とSF小説がボクの青春そのものでした。高校に入るとまた色々とややこしくなって来るんですけどね・・・。
で・・・登場してくるのが、ブリティッシュ以外のプログレなのです。当時聴き狂っていたプログレは前出以外にも「イエス」や「ジェネシス」や「バンダーグラフ」や「ルネッサンス」、「キャメル」「キャラバン」「ジェントル・ジァイアント」等々、みーんなブリティッシュだったのですが、その他にもプログレが出現し始めるのです。手始めとして登場したのがオランダの「フォーカス」でしたが、その後フランスの「マグマ」やドイツの「ジョイ・アンリミテッド」「トリアンビラート」や当時は入手できなかったオランダの「アース&ファイアー」等々、イギリス以外の場所からプログレが出現し始めたのです。(たまにはアメリカの「フロック」みたいに、ボクの趣向に合わないモノも入手してしまいましたけれど・・・。プログレッシブという風評でイメージするユーロピアンの香りのしない実にアメリカンなバンドだったと記憶します。)今で言うところのユーロロックというヤツですね。しかしそれでも尚、一番の衝撃は何と言ってもPFMでした。(プログレの部屋では何度も登場しているので、耳にタコができちゃってるんじゃないですか?)

NEXT→


戻る