Sep. 12, 2004 


 

 約束通りピースサインを決めて出てきたボクは、手術前から養った体力のおかげか? 手術後6日で退院することに成功しました。しかし退院までの6日間はけして平坦ではありませんでした。手術翌日の回診で「順調」と診断されたボクは、前述の通りの「ドンドン歩いて下さい」をだめ押しされてしまったのです。「ドンドン歩く」と言ったら、ボクにとってはかなり堂々とした力強い歩みと受け取るしかありません。手術翌日、最初のドンドン歩行は……ドンドン歩き過ぎました。
 自分の入院している部屋からナースステーションを回ってグルッと1周すると約200m位でしょうか?このナースステーションを通り越すまでの半周強を、まるで競歩のようなスピードで歩いていきました。ナースステーションの看護婦さんたちの何人かがボクの姿を視界に捕らえ、あっけに取られたように見送っていくのが横目に見えました。「勝った」と思いましたね。「ドンドン歩け」という先生の言葉にも、「手術前に威勢がいい患者さん程、術後にショボンとする」という看護婦さんの言葉にもです。どちらも「どうせ歩けるもんじゃない」という先入観があるわけでしょ?それを翻したかったのです。だから、それが出来た自分を褒めてやりたかった。考えてみれば、手術を宣告されてから社会復帰するまでの間、ボクはある意味で究極のナルシストになっていたのかも知れません。もしそうだとしても、そうでもなかったらやってられません。自覚症状もないのに、突然「胆のうに腫瘍があります」と言われて、確実に悪性腫瘍だとわかっていなくても、取り返しがつかなくならないように悪性腫瘍だとして対処しなくてはならない。そのため、胆のうだけならダメージの少ないオペで済んだはずなのに、肝臓の一部を切除するオプションまで……。
 考えてみると一昨年には「ほとんど歯肉から顔を出していない親不知」を抜歯するため、東京医科歯科大学まで出かけましたっけね。それがたまたまお盆休みとクロスしていたため、縫合した糸を取るのが遅れて「頭を梅干しされたような痛み」にさいなまれたこともありましたけど、痛みという点ではアレの方が痛かったような……。だけど「オレ、看護婦さんたちを唖然とさせる程頑張って歩いてるぞ」というナルシズムは、ナースステーションの角を曲がったところで崩れました。息が突然苦しくなったのです。
 それは過呼吸でした。競歩のように歩くには酸素が必要だったのです。お腹を開腹手術で大きく開いた身体は、その時必要な酸素を取り込める程には肺が開かない状態でした。わからなかったと言えばそれまでですが、結局は自分を過信しすぎていたのです。しかし「ドンドン歩け」という言葉がこの間違いを引き起こさせたのも事実です。ボクはゼイゼイしながら酸素を求めて身悶えしました。そこに一人の看護婦さんが横を通りました。「どうしたの、高橋さん、さっきの勢いは?」と冷やかすような口調です。過呼吸になっているボクに何という仕打ち……と思いますが、仕方ありません。この時、過呼吸になっているのを誰にも気付かれないように、平静を装いながら人がいなくなるのを見計らいながらゼイゼイしていたからです。しかし寝間着の下は脂汗まみれです。後はもう、手摺りを頼りに部屋へ1歩1歩気の遠くなる道のりを歩みました。過呼吸は続きますし、縫合の後が今頃うずいてきたからです。この日、2時間に1度廊下をソロリソロリと何とか歩きましたけど、今考えてみれば約25cm開腹した手術の翌日に2時間に1度廊下を1周づつ歩くなんて、まともなヤツのすることじゃありませんね。その翌日以降は前日のムリが奏功したのでしょう、随分楽になりました。

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