Nov. 11, 2003 


**最近のボクのジャズ(2)**

 マイルスが新主流派のジャズを本格的に表現するのはコロンビア時代になってからのことですが、プレステージというレーベルで出した各種のアルバムもそれぞれに趣向を凝らし、とても楽しめるアルバムになっています。その頃はまたバンドのメンバー構成も素晴らしく……というか、マイルスのバンドは概してとても良いメンバーで構成されています。そういう意味では、バンドのボスとして人選やメンバー集めにも長けたリーダーとしても優れた人だったと思われます。(時として、かなり強引な集め方もしていたようですけど。)マイルスの最も輝いた頃のアルバムには、彼のキャリアの中でもこれ以上望めないほどのメンバーが揃っていたのも事実で、それらのメンバーが揃っていた時代のアルバムはやはり素晴らしい。マイルス(tp)、ビル・エバンス(p)、ジョン・コルトレーン(ts)、ポール・チェンバース(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(dr)という編成の頃を黄金のクインテット(モードの夜明けとされる「カインド・オブ・ブルー」や「ランドアバウト・ミッドナイト」「マイルストーン」やキャノンボール・アダレイ名義の「サムシンエルス」等の他、プレステージのマラソンセッションと言われる後期4枚をリリース)や、マイルス(tp)、ウェイン・ショーター(ss)、ハービー・ハンコック(p)、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(dr)の編成の頃の新黄金のクインテット(「マイルススマイルズ」「ESP」「ソーサラー」等)は正に素晴らしい。(しかし実は、新黄金のクインテット直前の頃の編成バンドで行った各種のライヴアルバムも結構好きだったりします。)お気づきのように後者のクインテットにはその後プログレにも影響を与えるウェザー・リポートのコ・リーダーであるウェイン・ショーターやライフタイムのリーダーであるトニー・ウィリアムスが在籍しています。また新黄金のクインテット以降には、更にマイルスはロックに接近していくことになって、リターン・トゥ・フォー・エバーのチック・コリアやマハビシュヌ・オーケストラのジョン・マクラフリン、またウェザーのもうひとりのリーダーであるジョー・ザビヌル等もバンドに加わって、ジャズロックの夜明けとされる「イン・ア・サイレント・ウェイ」や「ビッチェズ・ブリュー」「ジャック・ジョンソン」等を発表していくことになるワケです。
 ちなみに「ジャック・ジョンソン」を初めて聞いたのは、今から3〜4年前のことだと思うのですが、その頃に聴いた「ジャック・ジョンソン」はきつかったですね。このアルバムはリード楽器がリズムを、リズム楽器がリードを取るというコンセプトの「ライト・オフ」という曲がA面の片面を占めているのですが、ドラムやベースがリードを取ると言ってもねぇ……というのが当時の心境でした。しかし今聴いてみると「あーら不思議」、何故か聴けてしまうのはどうしてでしょう。当時は変化に乏しくて静謐なアルバムだと感じられ、メロディにも乏しいところから聴き所がよくわからなかったものでした。今も「このアルバムのここを聴け」というのはよくわかりません(基本的にボクはジャズがメインの音楽ファンではないものですから……というのは言い訳です)が、ダメなアルバムという印象はありません。ボクの場合は、マイルスの初期から何度も聴いている内にマイルスの音楽が自然に馴染んできた感じですけど、リスナーによっては電化マイルスと呼ばれる音楽活動中止前のマイルスから入ってきて「はまった方」もいたとのことですから、別に初期から順を追わないとわからない音楽であるというわけでもないようです。
 「ジャズは難しい」という言葉を聞きますよね。ボクもかつてはそういうイメージがあって「ジャズは難しい」と思いこんでました。ある意味、難しいジャズの代表格の1つがマイルスのジャズなのですが、マイルスの中にメロディやアンサンブルを聴こうとするから難しくなってしまう気がします。もちろんマイルスのジャズの中にも、スタンダードを取り上げたメロディアスなジャズも存在しますから、マイルスのジャズだからメロディやアンサンブルが聴けないということでもありません。更には、即興的な収録が行われた曲やアルバムの中にも歌心は存在しますし、超一流のミュージシャンたちの演奏からはスリリングなインタープレイも聴き取れるでしょう。音楽の内容を別にすれば、ボクは即興的なマイルスのアルバムから、クリムゾンのロバート・フリップ翁の臭いを感じたりしますが、それは多分にアルバムの編集方法の相似性からかも知れません。件の「ジャック・ジョンソン」にしてもそうですが、特に新黄金のクインテット以降のマイルスにはテオ・マセロというプロデューサーの影が付きまとっています。当時のマイルスはスタジオを占有して、好き放題にメンバーとジャムっていたらしいのです。そのセッションの間中、テープは回っていて常に演奏は収録状況だったといいます。そして、この膨大なテープにハサミを入れ編集して作られたのが当時の一連の作品だったらしいのです。そしてこの編集作業を行ったのがテオ・マセロという人物で、その当時のマイルスのアルバムはマセロとの2人3脚だったと言われる所以なのです。(実際には、コロンビア時代のアルバムでマセロの手の入っていないアルバムはないそうなので、厳密には新黄金のクインテット以降というのは正しくありません。しかしそれ以前のアルバムには「正にジャムセッションで作られた曲だ」と感じられるものは少ないのです。だから編集の成果が感じられるという点で、ここでは敢えて新黄金のクインテット以降としました。)
 どうです? 最近のロバート・フリップがライブのインプロ部分だけをつなぎ合わせて、新しいアルバムとしてリリースしている手法と似ていると思いませんか?もちろんマイルスは1960年代にこれを行われていたワケですから、マイルスがフリップのマネをしたわけではありませんよね……。もちろん、フリップがマイルスのマネをしたといっているワケでもありませんけどね。そんなことを彼に聞いたら、「彼がそれをやったのは素晴らしいと思うけど、ボクはボクで思いついたんだ」と言うような気がします。かつて彼は、新しいチューニング方法を「クリス・カトラーのマネだ」と誹謗された時、やっぱり前述のような弁解をしていたのですが……。

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