Nov. 11, 2003 


**最近のボクのジャズ**

 例えばジャズの世界では、マイルスはボクにとって「全てのアルバムを集める価値があるアーティスト」だと考えています。なぜ集める価値があるかというと、彼の音楽はとても進歩的だと感じるからです。ジャズにはスイングから進化したバップ、バップを激しくしたようなハードバップ等、その時代の空気や先進の気質が反映されているものですが、その中でも最も進歩的な音楽を表現していたのがマイルスでした。例えばクール・サウンドというのがあります。クールというのがその時代に実際カテゴライズされていた表現方法なのかはわかりませんが、バップとハードバップの端境期にウェストコーストで流行った表現方法とされています。多分当時は、バップのイーストコーストに対し、クールのウェストコーストというイメージだったと思います。しかしクールは、実は若き日のマイルスがウェストコーストへの演奏旅行時の際に編成したビッグコンボによって収録されたアルバム「クールの誕生」が始まりだといわれています。その表現形態がウェストコースト・ジャズとして、その後長きに渡ってカテゴライズされていくことになるのです。例えば一世を風靡したチェット・ベイカーやボサノヴァ旋風を巻き起こすまでのスタン・ゲッツ等はクール・ジャズの代表選手として有名です。実際マイルスの自伝の中でも、その後クールサウンドとして売れることになるチェット・べーカーやスタン・ゲッツについて、「人の物まねで売れやがって」というような言い方で彼らの表現方法が元々自分のものであることを語っていたりします。まあ、新しいものを表現した最初の表現者が必ず幸福になるわけではないというのはゲームの世界でも同じですから、マイルスの表現方法を引用して売れたからといって、べーカーやゲッツをことさら避難するのはどうかなとも思うのですが……。(ただ自分がそのジャンルを開拓したという誇りは、そういう立場になると持ってしまう気持ちもわかります。ボクもそういう部分の誇りは捨てられません。しかし大事なのは、マイルスにしろボクにしろ、それにしがみつかないことではないかと思うのです。最近思うのですがこういう仕事の中では、常に開拓する人間と開拓されたものを育てる人間とがいるということです。ボクがマイルスをリスペクト1つには、彼が常に開拓することを怠らなかった真のイノベーターであり続けたことが上げられます。そしてそれは、ボクのリスペクトするプログレのアーティストたちにも当てはまるものです。)

 なぜ、ウェストコーストではクールだったのか?というのには、実は理由があるのです。ちょっと前にバップの創始者であるチャーリー・パーカーの映画を見たのですが、その映画の中にそれらの理由が描かれていたのです。この映画を見ると、今では新しいとは言えないバップがその当時はかなり先進的な音楽だったことがわかります。そしてこれらの音楽はニューヨークで大変なブームになりました。この音楽を創造したチャーリー・パーカーとディジー・ガレスビーは、当時のミュージシャンやジャズ・ファンのヒーローだったようです。ところが、しばらくするとイーストコーストは不景気に見舞われ、ジャズクラブも経営が思うに任せないほど客の入りが悪くなってしまうのです。パーカーの相棒だったガレスビーは、パーカーのように麻薬にもおぼれなかったようですし、少し前にウェストコーストへと旅立っていたため不景気という難からも逃れることができていたのです。パーカーはボロボロの状態でイーストコーストへ向かいますが、パーカーの音楽は難解にして複雑すぎるということで受け入れられなかったらしいのです。(当時としては)激しいパーカーの演奏も、そっぽを向かれる原因だったかも知れません。そんな折、バップの代わりにイーストコーストで流行ったのがクールサウンドだったわけです。当時のマイルスはパーカーバンドの音楽監督を務めていて、そういった状況をつぶさに観察していたのではないでしょうか?更にマイルスは非常に頭に切れるミュージシャンでもありましたから、景気の良いウェストコーストで受けるための方法論としてクールサウンドを思いついたのかも知れません。
 しかしボクの好きなマイルスは、けしてスタイリッシュなクールサウンドの頃のものではありません。それから約10年後コロンビアに移籍し新主流派と呼ばれるモードという手法を表現するようになってからのものです。このモードとは簡単に言うと音楽をコードではなくスケールで奏でるという方法なんですね。イメージではなるほどとは思うのですが、ウーム……。その後のギター奏法にも影響を与えていそうな方法なのかなあ……と。この方法で演奏されたアルバムは、それまでよりも明らかに曲単位の演奏時間が延びています。それとメロディが解体されているというか、演奏の自由度が増したのだなあと感じます。ボクらの耳馴染んだ楽曲であっても、それであることがわからないという例も多いようです。ボクはフリー系のロックは苦手なのですけど、やっぱりジャズのフリーもダメみたいなので、この頃モードと平行してムーブメントとなっていたフリーはキツイですね。マイルスが74年頃に一時音楽活動を止める直前には、まるでフリーのような混沌としたアルバムも作っているのですが、やっぱりその頃のアルバムはキツイというのが正直なところです。モードはメロディは解体しますが、フリーのように全ての秩序から解放されることを目的としたものではありませんから、当然フリーにように聴き難い音楽でもありません。既存のメロディにこだわるリスナーにとっては納得いかない面もあるようですが、プログレだってクラシックのメロディを取り入れながら再構築しているでしょ?あれと似たようなものだと考えれば別にどうってことないというか……。だいたい、ジャズは色々なアーティストがそれぞれのアルバムで同じ曲(アーティストによっては同一曲を同じような方法論で複数枚に渡って収録している例もあります)をやっているのが普通なワケで、その曲のメロディが聴きたいのならピアノ・トリオものでも聴けば良い訳です。プログレッシャーのボクとしては、冒険的な試みをするマイルスの表現方法を肯定したくなっちゃうのです。

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