Oct.2,02 



Fusion Orchestra
 フュージョン・オーケストラはご存じの方も多いのではないでしょうか? 93年4月に伊藤政則コレクションの1枚として発売されていたからです。同シリーズでは同時にベーブルースやピート・ブラウン&ビブロクト、イーソス、ドゥルイド等が発売されていました。イーソスを除いては、どれもブリティッシュロックの秘蔵版的なアルバムとなっていて、特にプログレッシャーには人気の高い作品ばかりです。ベーブルースやイーソス、ドゥルイド等は是非持っていたいアルバムと言えましょう。その通りで当時ボクがリリース時に入手したアルバムや、少し遅れて入手したアルバムもそこまでといったところでした。ところが実はフュージョン・オーケストラもそれらに負けず劣らず、いや、それ以上かも知れないポテンシャルを占めているアルバムだということを知らなかったため、市場から姿を消してしまった後しばらくするまで買い逃してしまったままだったのでした。このアルバムが重要アルバムだと知ったのも、やはりワールドディスクの店長の中島さんとの会話からのことでした。(確か「ハードロック色が強いですけれども」というような注釈があったように思いました。)Si−Wanレーベルから再発されるタイトルの中の1枚にフュージョン・オーケストラがあったのが発端だったのだと記憶します。何か別のアルバムが出ると喜んでいるボクに対し「それもですけど、もしお持ちでないならフュージョン・オーケストラはマストですよ」というような会話があったような……。ウェッブと同じように、「フュージョン・オーケストラって?? 」という感じだったのですが、秀五氏はやはり知っていましたっけね。ボクは覚えていなかったですけど、彼はしっかりとブリティッシュロック集成に乗っていたことを記憶していました。やはりボクは半信半疑でした。結局その時の韓国盤を購入することになります。後に前出のシリーズの国内盤を入手した時にはホッとしたものでした。やっぱりこれだけのアルバムですから、是非日本盤で入手したかったワケです。

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 それで件のフュージョン・オーケストラですけれども、どんなバンドかというと一口には言い難いバンドではあります。とてもプロダクションのしっかりしたアルバムであるということが、まず言えるのではないでしょうか? やはりメジャーから発売されているアルバムですから、マイナーなレーベルのマイナーバンドとは違っていたと言うことなのでしょう。楽曲やアレンジ、全体の構成はとても良く練られていて、インプロビゼーションを長々と垂れ流すようなバンドとは素性の違いを見せつけます。また収録の状態も非常に良く、ひとつひとつの音の広がりや分離度が高いのも、最近のリマスター物に慣れた耳には助かります。

 このバンドの特徴は女性ボーカルであるということが言えます。1曲目の彼女のボーカルが少々シャウト系なのでハードロックにカテゴリーされてもおかしくない感じがあります(ここら辺りがハードロック色強しの印象を与えているようです)けれど、ブルーズ的なボーカルも披露しますし、全体の構成やアレンジを見渡してもとても凝っていてカラフルでもあり、内容を見渡せばけしてハードロックとは言い切れないことがわかるでしょう。ロック、ジャズ、ブルーズ、フォーク、それに良い意味でのアメリカンナイズされたポップさも少々持ち合わせていて、例えギターとドラムとベースによってハードにドライブするような場面でも、どこかまろやかな音質のおかげか? とげとげしさはありません。ギター×2、ベース、ドラムの野郎共にプラスして女性ヴォーカリスト(内ジャケットの写真から察するにかなりの美形)がフルート、ピアノ、オルガンまで担当していまして、そのキーボードやフルートはかなり本格的です。特にフルートはイアン・アンダーソンよろしくつば吹き系なのが好感度を高めます。実際彼女の演奏面での貢献が同バンドのプログレ色に大きく貢献していることは明白で、時にブラス・セクションをゲストに向かえるなどして独自性の苦心の跡もそこかしこにうかがえます。もしもコレクターから敬遠される部分があるとしたら、ブリティッシュ・プログレッシブにありがちなアンダーグラウンドな負のパワーみたいなものが希薄なことでしょうか? 裏ぶれた禍々しさのような雰囲気はボクらプログレッシャーの大好物ですけど、対するフュージョン・オーケストラはオーバーグラウンドなイメージが強いです。演奏はテクニカルだし、楽曲も構築的なのに、何故かプログレッシャーに愛されないバンドがありますけど、一つ間違えるとフュージョン・オーケストラもそういうバンドにカテゴライズされてしまいそうな雰囲気がありそうです。いかにも「プログレ」なバンドが好きなリスナーにはお薦めできないところが、プログレのメジャーなアルバムと違うところとも言えそうです。ですから、プログレッシャーの誰にでもお薦めできるアルバムとはいきません。しかし全般的にロックが好きで、ブリティッシュが好きで、プログレも好きでというリスナーには楽しめるアルバムといえると思います。ボクとしてはアグレッシブな場面での演奏が結構好きなんですけど、アメリカンで余裕ありげなビッグバンドっぽいアレンジの場面は必要なかったんじゃないかなあという感じがします。そういう場面があるおかげで、アルバムの統一的なイメージが崩れてしまっているのが惜しい気がします。しかしそういう部分を割り引いても、ロックのアグレッシブさを持ちながら全体の整合感も高いフュージョン・オーケストラは、秘蔵盤的アルバムの中でも高く評価されてしかるべきアルバムだと言えるのではないでしょうか? 




Spring
 この「プログレの部屋」でメロトロン・アルバムとして名前だけは何度も登場しているスプリングは、取り上げるべきか? 結構悩ませてくれる唯一のアルバムを1971年に残しています。なぜ扱うべきかを躊躇してしまうかというと、それはスプリングというバンドの情報があまりにも少ないからです。ボクが同作を購入した切っ掛けは、メロトロンを聴きたいならスプリングだという専門誌のあおりによるものでした。クリムゾンを牧歌的にしたようなというような表現もあったように思います。確かキーフのジャケットというのも、本作が取り上げられる重要な要素の一つだったと記憶します。

 ところが、ボクが本作を入手した頃MSIから発売された日本版はとっくに廃盤だったため、資料らしいものは米・レーザーズエッジ盤のライナーノーツしかありません。しかし同盤のライナーノーツのお粗末なことといったら……。1970年代のメモが乗っているのですが、まったくこのメモだけしかないんじゃ……。ただしメモの内の1つにガス・ダッジョンという名前があるのが興味をそそられます。この人はまさかエルトン・ジョンのプロデューサー(エンジニア? )として有名なあの人なのでしょうか? だとすると、スプリングはエルトン・ジョン関連の人脈が関わっていたということなのでしょうか? 取り敢えず、ライナーノーツに記載された以下の文面を引用してみましょう。


♪. スプリングの発見者はキングズレイ・ワード(この人は同作のエンジニアとしてクレジットされています)という人らしく「週末にロンドンを離れてはMonmouthという場所にあるLockfield Studiosというスタジオを訪れていた」らしいのです。「そこは霧深い田舎町」らしいのですが、「レコーディングにとっては最適な感性を研ぎ澄ませてくれる」とか……。「中でもご褒美だったのは、スタジオでリハーサル中のスプリングを発見したことだった」というのですから、その時のスプリングへの惚れ込みようは大変なものだったのではないかと思われます。


♪.次はダッジョン(彼は同作のプロデューサーとしてクレジットされています)のメモで1971年春となっています。彼はともすると「プロデューサーとしてレコーディングに新しい録音技術を取り入れたくなってしまう」らしいのですが、「スプリングにはそんなごまかしは必要ないほど完成されていた」ようです。「アコースティック・ギターのオーバーダブ以外、アルバムにある全ての音をステージで完璧に再現していた」のが彼らだったようです。この言葉からしても、当時のスプリングの実力がどれだけ優れていたか? 明らかだと思います。


 スプリングはパット・モラン(ボーカル、メロトロン)、レイ・マルティネス(リード・ギター、メロトロン、12弦ギター)、エードリアン・マロニィ(ベース)、パイク・ウィザーズ(ドラム)、キップス・ブラウン(ピアノ・オルガン・メロトロン)というメンバーで同作の収録が行われた模様で、CD盤のボーナストラックではベースが交代している模様。メンバーをクレジットを見てもわかる通り、5人のメンバー中3人がメロトロン奏者としてクレジットされているほど、彼らのアルバムはメロトロンのフィーチャー度が高いのです。実際、1曲目からバックのストリング・メロトロンとリードのフルート・メロトロンの2つが使われていることからも、彼らのメロトロン依存度の高さがうかがわれます。実際クリムゾンの1stに使用法や頻度は肉薄しています。クリムゾンほどのインパクトがないのは、メロトロンのパワーがクリムゾンほど無いためだと思われます。これは、クリムゾンの使っているメロトロンが、メロトロンを2台マウントされた特注品であったことに起因しています。ボクも昔は「同じメロトロンを使っているのに、迫力が無いなあ」なんて、他のバンドのフィーチャー度に不満を持ったものでしたが、実はクリムゾンのメロトロンが特別だったなんて……70年代当時にはどんな雑誌にも記載されていなかったですものね。

 洪水系の使用法はしているのにクリムゾンほどにメロトロンのインパクトがないことは、同アルバムの聴こえ方にも大きく影響していて、パワー不足のため(狙っているのかも知れませんけど)脅迫的なアグレッシブさは薄いにも関わらず静の部分は思い切り音数を減らしている結果、全体的に大人しいアルバムに聴こえてしまっているように感じます。多分スプリングのメンバーはクリムゾンの初期中期を意識したサウンドを作ろうとしていると感じますし、演奏力も高く楽曲の構成力も高いのはダッジョンのメモを引用するまでもありません。「21世紀のスキッツォイドマン」的な破壊力のある楽曲がない代わりに、「風に語りて」のようなフォークロック的な曲がメインの曲の間を埋めている感じで、その結果「フォークロック的」といわれるスプリングの全体像が出来ているような気がします。実際にはドラム一つをとっても、シンバルやタムのロールを多用していますし、けしてロック色が薄いわけではありません。全体的に引っ込み気味なマスタリングになっていることも、ロックとしてのインパクトを弱める結果になってしまっているのは明白で、もっと各楽器を前に出すようなマスタリングがされたら全然違って聞こえるんだろうなあという幻想が膨らみます。牧歌的という一般の風評で躊躇しているリスナーの方がいらしたら、是非試してみてはいかがでしょう。それぞれの楽器の輪郭が掴める頃には、きっとこのスプリングはお気に入りの一枚になっているのではないでしょうか?



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