この「プログレの部屋」でメロトロン・アルバムとして名前だけは何度も登場しているスプリングは、取り上げるべきか? 結構悩ませてくれる唯一のアルバムを1971年に残しています。なぜ扱うべきかを躊躇してしまうかというと、それはスプリングというバンドの情報があまりにも少ないからです。ボクが同作を購入した切っ掛けは、メロトロンを聴きたいならスプリングだという専門誌のあおりによるものでした。クリムゾンを牧歌的にしたようなというような表現もあったように思います。確かキーフのジャケットというのも、本作が取り上げられる重要な要素の一つだったと記憶します。
ところが、ボクが本作を入手した頃MSIから発売された日本版はとっくに廃盤だったため、資料らしいものは米・レーザーズエッジ盤のライナーノーツしかありません。しかし同盤のライナーノーツのお粗末なことといったら……。1970年代のメモが乗っているのですが、まったくこのメモだけしかないんじゃ……。ただしメモの内の1つにガス・ダッジョンという名前があるのが興味をそそられます。この人はまさかエルトン・ジョンのプロデューサー(エンジニア? )として有名なあの人なのでしょうか? だとすると、スプリングはエルトン・ジョン関連の人脈が関わっていたということなのでしょうか? 取り敢えず、ライナーノーツに記載された以下の文面を引用してみましょう。
♪. スプリングの発見者はキングズレイ・ワード(この人は同作のエンジニアとしてクレジットされています)という人らしく「週末にロンドンを離れてはMonmouthという場所にあるLockfield Studiosというスタジオを訪れていた」らしいのです。「そこは霧深い田舎町」らしいのですが、「レコーディングにとっては最適な感性を研ぎ澄ませてくれる」とか……。「中でもご褒美だったのは、スタジオでリハーサル中のスプリングを発見したことだった」というのですから、その時のスプリングへの惚れ込みようは大変なものだったのではないかと思われます。
♪.次はダッジョン(彼は同作のプロデューサーとしてクレジットされています)のメモで1971年春となっています。彼はともすると「プロデューサーとしてレコーディングに新しい録音技術を取り入れたくなってしまう」らしいのですが、「スプリングにはそんなごまかしは必要ないほど完成されていた」ようです。「アコースティック・ギターのオーバーダブ以外、アルバムにある全ての音をステージで完璧に再現していた」のが彼らだったようです。この言葉からしても、当時のスプリングの実力がどれだけ優れていたか? 明らかだと思います。
スプリングはパット・モラン(ボーカル、メロトロン)、レイ・マルティネス(リード・ギター、メロトロン、12弦ギター)、エードリアン・マロニィ(ベース)、パイク・ウィザーズ(ドラム)、キップス・ブラウン(ピアノ・オルガン・メロトロン)というメンバーで同作の収録が行われた模様で、CD盤のボーナストラックではベースが交代している模様。メンバーをクレジットを見てもわかる通り、5人のメンバー中3人がメロトロン奏者としてクレジットされているほど、彼らのアルバムはメロトロンのフィーチャー度が高いのです。実際、1曲目からバックのストリング・メロトロンとリードのフルート・メロトロンの2つが使われていることからも、彼らのメロトロン依存度の高さがうかがわれます。実際クリムゾンの1stに使用法や頻度は肉薄しています。クリムゾンほどのインパクトがないのは、メロトロンのパワーがクリムゾンほど無いためだと思われます。これは、クリムゾンの使っているメロトロンが、メロトロンを2台マウントされた特注品であったことに起因しています。ボクも昔は「同じメロトロンを使っているのに、迫力が無いなあ」なんて、他のバンドのフィーチャー度に不満を持ったものでしたが、実はクリムゾンのメロトロンが特別だったなんて……70年代当時にはどんな雑誌にも記載されていなかったですものね。
洪水系の使用法はしているのにクリムゾンほどにメロトロンのインパクトがないことは、同アルバムの聴こえ方にも大きく影響していて、パワー不足のため(狙っているのかも知れませんけど)脅迫的なアグレッシブさは薄いにも関わらず静の部分は思い切り音数を減らしている結果、全体的に大人しいアルバムに聴こえてしまっているように感じます。多分スプリングのメンバーはクリムゾンの初期中期を意識したサウンドを作ろうとしていると感じますし、演奏力も高く楽曲の構成力も高いのはダッジョンのメモを引用するまでもありません。「21世紀のスキッツォイドマン」的な破壊力のある楽曲がない代わりに、「風に語りて」のようなフォークロック的な曲がメインの曲の間を埋めている感じで、その結果「フォークロック的」といわれるスプリングの全体像が出来ているような気がします。実際にはドラム一つをとっても、シンバルやタムのロールを多用していますし、けしてロック色が薄いわけではありません。全体的に引っ込み気味なマスタリングになっていることも、ロックとしてのインパクトを弱める結果になってしまっているのは明白で、もっと各楽器を前に出すようなマスタリングがされたら全然違って聞こえるんだろうなあという幻想が膨らみます。牧歌的という一般の風評で躊躇しているリスナーの方がいらしたら、是非試してみてはいかがでしょう。それぞれの楽器の輪郭が掴める頃には、きっとこのスプリングはお気に入りの一枚になっているのではないでしょうか?