Jun.25,02 



波乗りジョニーのようなネット・サーファーの方からも
 はじめまして!
波乗り途中に「プログレの部屋」にたどり着きました。
まだ全テキストを読んではいませんが、「何と素晴らしい! 」の一言に尽きます。
失礼ながら高橋さんと同年代(小生昭和34年)でもあり、歩んできた道がとても似ている!? こともあり、勝手に親近感を覚えながらほとんど毎日見ております。
一時期はプログレのプの字も気にかけない時もあったのですが、ここ最近はまた逆戻りでいくつくとこは「やっぱプログレしかない! 」ことに気がつき貴HPにて再勉強しています。
基本的なものは抑えてきたつもりですが、高橋さんのプログレへの厚い情熱が伝わってきてこれからもエールを送りたいと思います。

思えば大学生のころ弟が買ってきたキングのLP(イタリア系が多かったかな? )にはまりカセットテープにひたすらダビングしていたのを思い出します。社会人になってすぐ海外に出向かれこれ7年間の海外暮らしでした。驚くべきことは、その間1枚のCDも買ってない! ということです。
20年近く前のことであり、今ほどインターネット網があるわけもなく、紙ベース(書籍等)の情報にも事欠いていた時代でした。 (弟のLPをダビングしたテープは持参しましたが)時が過ぎ、LPがCDとなり、インターネットという強力ツールの浸透により、プログレ道に復活できた次第です。人によってプログレの解釈はいろいろありますが、
私にとっては、ずばり

プログレ=気持ちいい音楽 

です。それとCDショップに行った際に、いわゆるプログレコーナーがあるとお目当てのものを探すのにとても便利!

ショップといえば、2年前に大阪から横浜に引越してきました。プログレに関連では、まあなんとすごい店が多いのでしょう、東京は。 さすが東京! 大阪にもこんなショップはありませんでした。地方の方が見たら倒れてしまうのではないでしょうか?


かれこれ20年前イタリア系の洗礼を受けたあとの一番のお気に入りは、一般的なプログレという範疇とは言えないかも知れませんがファウスト・レアーリです。弟から借りたLP「愛の歌」(うろ覚え)が忘れられず、ずっとCDを探していましたが、先日ディスクユニオン横浜で(同じ物ではなく、ベスト編集物)見つけた時には正直ぶっとんでしまいました。バックを IL VOLO が固めていて最高のヴォーカルと演奏、十分プログレしています。


ところで、「イタリアンロック集成」に MIRO なる人物のアルバム紹介があり、「IL VOLOファンなら誰もがもってる、、、」というくだりがあり、これまた約20年探しています。 MIROについて何か情報をお持ちでしたらぜひとも教えていただきたいのですが。


長々とすみません、昼休みも終わりとなりました。
これからも楽しみにしています!!

ps: PFM最終日とれました! わくわくします!

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 この方、神藤さんという43歳の方でボクと同年代ですね。「プログレの部屋」を凄く気に入ってくれているようでとても嬉しいです。最初はこのコーナーも、ホントに半端な状態からスタートしたのでしたが、何だか色々な読者の方から声援を受けて、いつの間にやら本格的に書く羽目になってしまいました。プログレのファンの方にも参考にして頂いてるみたいなので、下手なことも書けなくなっちゃいました。結構ガチンコで書いてるんですけど、その割にはうろ覚えで書いている場合もあるので、実は後で読み返してみて冷や汗が出ちゃうことも……。

 神藤さんは7年間も海外で生活されたんですか? 羨ましいです。ボクも大学を卒業した当時、洋画を字幕なしで見られるようになるのが夢で、そのため海外に行きたかったんです。今だったら「それなら、大手の商社にでも入ればいいじゃん」と言えるんですけど、その当時は「その手のこと」は何にも勉強していなかったもんですから……お恥ずかしい。(それに当時商社は花形産業で、日芸からなんてとても就職できなかったはずです。もっとも、その当時に一般企業に就職することになったとしても商社という選択肢はなかったかなあ……。)どうして洋画を字幕なしで見られるようになりたかったかというと、父方の叔母がメキシコに嫁ぎまして、その娘(従兄弟ですね)が日本語を覚えるためにしばらく日本に来ていたんです。(父の会社に入社し、会社の寮に住んでいたんだったと思います。)彼女は年が近かったこともあって、よく映画を見に行ったりしたものでした。その彼女は場内がシーンとした場面で大笑いしたりするんですね。逆に我々が笑ってもキョトンとしていたり……。彼女を見ていて「彼女みたいに映画を見たい」と熱望するようになったんです。だって悔しいじゃないですか、原作にあることと違うモノを見せられてるかと思うとね。結局、海外に行かなかったために現在の自分があるのですけど……。彼女、それ以来会っていないですが、どんな人になっているのでしょう。確かメキシコに帰って、航空会社に勤めたとは聞いたのですが……。

 神藤さんのお気に入りのアルバムはファースト・レアーリの「愛の物語」ですね。1989年にキングから日本盤CDが発売されていて、ボクもやっと1年ほど前だったかに入手することが出来ました。イル・ボーロが演奏で参加しています。アナログ盤は元々、1975年に発売されていますね。このアルバム、ジャケットの雰囲気がまた良いんですよね。幻想的な砂丘のような背景に大きな蝶のイラストが印象的です。この手のアルバムとしてはレアーレ・アカデミア・ディ・ムジカがアンドレアード・モンテデューロと共演した盤とかも有名ですね。実はファースト・レアーリはまだ未聴でして(汗……汗……)確かなことはいえないのですが、ムジカの共演盤の方がよりカンタウトーレ色が強いのかなという気がしますけれども、同作も牧歌的なサウンドの中に彼らの繊細なアコースティック楽器が多用されていて好感が持てます。


 神藤さんがいわれていたショップに関してですが、ボクもプログレ復帰当初は一般のCD店で購入していました。そしてしばらくして弟の秀五氏がディスク・ユニオンの新宿4Fにプログレフロアーを発見したのが、プログレ専門店とお付き合いするようになった始まりでした。当時はまだ、情報から何から70年代の頃の知識そのままでしたから、とにかくそのライブラリーの豊富さに圧倒されました。その当時までに知っていたプログレ専門ショップというのは、リアルタイムにプログレを楽しんでいた70年代にさかのぼります。そのショップとは、このページで何度かお伝えしたことのある伝説の「中野レコード」でして、他には新宿レコードにも顔を出していましたが……。中野レコードはとにかく小さい店だったことを覚えています。東中野の駅から山手通りに出まして池袋方面に1分ほども歩くと到着しました。店は山手通沿いでしたが、とにかく狭い店でした。間口が4間ほどですが奥行きも2間ほどしかないという店だったような……実際はもっと大きかったのかなあ……うろ覚えですんません。何しろプログレしか売っていない店で、壁面沿いにLPが何列も並べておいてありました。それらのLPのどれもが、とにかくみんな胡散臭いというか、魅力的なジャケットのアルバムばかりでした。ミュージック・ライフやら、ライナーノーツやらで知った情報を頼りにどれを買おうか? 悩んだモノでしたね。同店ではトリアンビラートやらバンダーグラフやら色々買わせてもらいました。ジェネシスの「ナーサリー・クライム」や「フォックストロット」も同店で購入したんだったと思います。ちなみに、秀五氏はクリムゾンの「アース・バウンド」を予約(購入代金を郵便振替かなんかで送って)して、半年以上かかって入手した思い出があるそうです。(すでに、手に入れる当時には高プレミアがついていたらしいですよ。レコードを渡される直前には一悶着あったらしいですが……。結果的には、相場よりも結構安価で手に入れたことになったんじゃないのかな。でも音が余りにもアレなので得した気分もアッという間に消滅したらしいです。)

 そういう店しか知らなかったボクとしては、良いものがあるんだか? ないんだかもよくわかりませんでした。取りあえずは、PFMが聴きたいと言うことで、キングの再発したばかりのCDを購入したら「ユーロピアン・ハンドブック」がついてきまして、「今、こんなサービスがあるのか! 」なんて驚きながら帰ってきたことを覚えています。そこから、第2のプログレ人生が始まったと言って良く、現在に至るわけです。最初は同店の品揃えのことなんて何にもわからなかったですが、その後マーキーやらエンサイクロ本やらで知識を吸収しながら、コツコツとCDを集めていって思うのは「欲しいCDは入荷した時に買え」ということでした。1店の入荷量というのはけして多くはないですから、それまでずって残っていてもマーキー等の専門誌で特集されると知らない間になくなってしまうんですね。(今はマーキーはプログレ専門誌ではなくなってしまったので、今だとストレンジディズとかユーロロックプレスでしょうか? )特に廃盤モノはみんなが狙っていて、「今日は一杯持っているから、次回に買うことにしよう」なんてやったおかげで、2度と出会えなくなってしまった作品の何と多いことでしょう。最近入手したブレイン・チャイルドはかつて廃盤セールで間違いなくボクの手に1度は握られていたのです。それは10年近く前のある日のことで、ディスク・ユニオンの廃盤セールの初日に行けなくて、3日たった位のことだったと思います。もう「残ってないかなあ」なんて思いながら行ってみると、それでも結構めぼしいタイトルが残っている中に、ブレイン・チャイルドのフクロウ・ジャケも数々の名盤に埋もれていたのでしたが……その時には購入するタイトルが多くて「フェスタ・モビーレ」等のイタリアものを優先しようと、不覚にも一度同作を棚に戻すことにしたのでした。しかし……やはり気になって仕方がありません。「やっぱり買おう」ともう一度それを手に取ろうとした時、ブレインチャイルドはすでに無くなっていたワケです。多分、その間1〜2分しかたっていないのに……。3日間も残っていたアルバムが、ほんの数分の気が迷っている間になくなってしまうなんて、まったく運命とはいたずら好きです。その時は結構悔やんだのを覚えています。割とリーズナブルでしたし……。だけど、その時には「どうせまた、廃盤で出てくるはずだ」と自分を慰めていましたし、本当にそんなモノだと信じていたのです。しかし出てきません。待てど暮らせど、結局セールでお目にかかることはありませんでした。ワールドディスクの中島店長は「欲しいモノは出せる学の倍まで出せ」といいます。結構無茶です。だけどこれはLP時代のコレクターの格言のようなものだそうです。LP時代はそういう思いで、クエラやヤクラを聴いていたんでしょうね。本当に、その頃にプログレを聴いていなくて良かったですよ。ボクも聴きたくなると、どうしようもなくなる質なので、その頃だったら若気の至りで何やっていたか?わかりませんしね……。やっぱりディスク・ユニオンやワールド・ディスクのようなショップは、大阪のような大都市でも余りないのでしょうか? ただ聴いたところでは、廃盤の相場は東京よりも神奈川の方が低いなんて話もありますし、神藤さんは東京じゃなくてラッキーかも知れませんよ。

 もう神藤さんはPFMは行かれたのでしょうね。最近やっと収まってきましたけど、あの後は本当にボクもPFM三昧でした。リアルタイムに比べ、最近のプログレッシャーは恵まれてますよねぇ。



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