哀しき本能
ここのところ、結構ジャズを集めています。まあ比率としては、ジャズロックというか? フュージョン系のものの方が多いので、純粋にジャズ・ファンになったとは言い難いのですけどね。元々、マハビシュヌ・オーケストラを筆頭に、ニュー・クリアスやら、コロシアム、ブランドX等々のブリティッシュ・ジャズロックものは随分聴いてきましたし、またソフトマシーンを筆頭とするカンタベリーものも一通りは通過しました。
またイタリアのジャズロックものもアレアからアルティ・エ・メスティエリ等々は、ユーロロックの一環として収集してきたわけです。しかし今回は「ジャズを聴く!」という目的の元に購入していますから、以前までの収集とは意識の上では別物と言って良いと思います。

 「ジャズを聴こう」という思い立ったのは、元々はスティーリーダンでした。今年の2月に同バンド(といっても、実体はVoとPianoのドナルド・フェーゲン、Guiterのウォルター・ベッカー、プロデュースのゲイリー・カッツによるプロジェクト・チームみたいなものでしょうね。)の7th「ガウチョ」を購入したのです。元々は、秀五氏や部長の宇野が騒いでいたので「そんなに良いなら、買ってみるか? 」という程度の軽い気持ちだったのです。昔、スティーリーダンの出始めの頃に「おしゃれで凝った音作りだ」というような風評があって、それがどんなものかを試してみたいという気持ちもありましたしね。
 このアルバムを聴いてみた最初の感想は「これ
……AORじゃんか! 」という……拒否反応にも近いモノでした。「AOR=売れ線狙いの産業ロック」というイメージもあって、これまで好きではなかったというのも拒否反応に拍車をかけました。ところが秀五氏も宇野も、どうしたワケか? それ以前に紙ジャケ化された6枚を探しはじめるじゃないですか? CD屋さん巡りはキライじゃないですから、結局付き合って見に行きますよね。すると……ないんですね、これが! 去年の5月に発売されたアルバムが、ほとんど存在しない事実に直面したわけです。「ないとわかると欲しくなる」というのが、人間の哀しい本能です。やっと見つけた「エクスタシー」と「うそつきケイティ」は、後先考えずに買うことにしたわけです。更に名盤と名高いという「彩(エイジャ)」も入手することに成功しました。それらを入手する課程で、自分の行動を正統化するためにも「禁を破って」これらのアルバムを何度も聴いてみたりもしました。すると面白いことに、スティーリーダンがキライじゃなくなってくるのです。その間に、秀五氏と宇野は、スティーリーダンの全アルバムの収集に成功したのですから、彼らの執念は怖ろしいモノがありますね。しかしボクの場合は、それでも「ここまで集めたから、もういいか? 」なんて気分にはなりってました。市場で見つからないし、オークションなんかでは異常な高値がついてますし、思い入れのないボクとしては現在集まったタイトルだけでも誇らしかったため、それ以上追いかける気力はありませんでした。そのボクを心変わりさせたのが1枚のDVDだったのです。






DVD
宇野はスティーリーダンの全タイトルを集めたのがよほど嬉しかったらしく、果ては前出のエイジャのDVDまで買ってきてしまいました。そしてそれを貸してくれたことこそ、ボクにとっては運命の出会いのようなものでした。このDVDがボクには結構面白かったのです。(このDVD、実質スティーリーダンそのものとも言えるドナルド・フェーゲンが、エイジャというアルバムに込めた愛情の一部始終を記録されているようなものなのです。)AORの音って、けして厚くないですよね。まるでフュージョンにボーカルをつけたような……そんなイメージだと思うんです。当時、ほんの一時だけボクもフュージョンも聴きましたけど、フュージョンって飽きるんですよ。展開が少ないというか? 構築的じゃないと言うか?規定されているリズムの上を安易なソロが垂れ流される……そんなイメージだったワケです。そして最初はスティーリーダンも、ボクにはそんな感じに聴こえていました。
ところが、このDVDを見ていると「リズム1つを取ってみても」とても工夫されていることがわかります。しっくりくるリズムが見つかるまで、どれだけドラム・パートを収録しているのか? というのが記録されていたりします。「単純に見えるリズム」でも、こんなに工夫を凝らしていたのか
……と見直させられました。気に入るドラムの刻み方が見つかるまで、けして安易に妥協しないことがDVDから伝わってきます。

 ギターにしても、一流のミュージシャンに「あるパートのソロを弾いてもらう」のですが、ドナルド・フェーゲンが「そのソロ」を気に食わなければ、そのソロパートは使われません。次のギタリストを呼んできます。そうやって短いソロパートのために、6〜7人のギタリストに同じパートのソロを弾かせてしまいました。結局ラリー・カールトンのソロが採用されたんだったか?でしたけど、当時超一流のフュージョン・ギタリストだったラリー・カールトンのソロだって、お蔵入りになる可能性があるようなこだわりようなんですから驚きです。このDVDを見ていて「彼らがなぜ、プロジェクト・チームのようになっているか?」が、やっとわかった気がしました。どんな楽器の演奏も「妥協したくない」し、表現したい演奏の出来るミュージシャンを使うために、ユニットというか、プロジェクト態勢にしていることも理解できました。そしてそれを通じて、ジャズというジャンルのミュージシャンがこだわっているもの……みたいなものが少しわかったような気がしたのです。「そうか、そういうことにこだわってるなら、そこを聴けばいいのか!」というジャズを聴くための手がかりみたいなモノがつかめたのです。

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