ワーナーヘ移籍!
ワーナーへの移籍第1弾がアニー・ハズラムのルネッサンスのオリジナルアルバム通算5枚目になる「お伽話」(77’)です。前作に引き続きアルバム全面にオーケストラがフィーチャーされ、シェラザードに負けない高クオリティとなっています。メジャー・レーベルでのリリースということで意識したのか? しないのか? はわかりませんが、シェラザードよりもよりポピュラリティのある楽曲構成になっているように
感じられたのか? 当時の日本のプログレ・ファンからは「ポップ化したルネッサンス」として中傷の対象となってしまったようです。しかし今聴いてみると、本作の代表曲A面1曲目の「キャン・ユー・ヒア・ミー? 」のイントロからインパクトのあるオーケストラとの競演で、リスナーの度肝を抜かしてくれます。ダイナミズムと繊細さが交錯する楽曲構成は見事の一言! (シンセやメロトロンじゃない本物の混声合唱まで切り込んできます。)考えてみれば、A面2曲B面3曲という大作構成であることはこれまでのルネッサンスと変わりなく、我々プログレッシャーにとって文句の付けようもないはずです。シェラザードのように片面全てを使った組曲形式の楽曲がなかったことで、いわれのない中傷を受けてしまったかのような気がします。(まあ、ファンなんてモノは我がままなもんですから仕方ないです。これまで何度も言ってきたように、中期ジェネシスにしろ、海洋地形学以降のイエスにしろ、中期クリムゾンにしろ、あんなスゴイアルバムを作ってくれていたのに、「レベルが落ちた」とか「ボルテージが下がった」なんて、さんざんこき下ろされていましたモノね。)ちなみにボクは、90年代にプログレッシャーに復帰して、何の気まぐれからかプロローグの次に買ったアルバムが本作でしたが、アルバムのボルテージの高さに正直言ってひっくり返りました。

とかく初期のアルバムがもてはやされるプログレ系バンドの中にあって、ルネッサンスのピークは「実はこのアルバムなんじゃないか! 」と声を大にして言いたくなってしまうのです。ちなみに今、リマスター版を聴いていますけど、やはり24bitデジタルリマスター(HDCD)盤の威力は素晴らしいです。ボクがこのアルバムを押してしまうことにHDCDのクオリティが1役買っていることは否定できません。音の豊かさや細やかさは「まるでレコード」みたいです。

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毎年コンスタントにアルバムリリースしているルネッサンス78年の作が「四季」です。相変わらずオーケストラとの競演が冴え渡っています。一部シンセっぽい音色が時折フィーチャーされていて、当時は「モダンさ」を表現したくて導入したのかも知れませんが、今となっては「ダサダサ」……せっかくのクオリティを下げる結果となってしまっています。やはりパンクからテクノへと移りゆく時代の中で、バンドの微妙な心の葛藤のようなモノが表れた結果なのでしょうか? 本作では曲数も増えて、前作よりもそれぞれがコンパクトになっています。また、これまでのアルバムよりもアルバム全体のカラーが多少明るくなっているようには感じられます。アメリカでの成功を意識した結果、そうしたことに反映されているのでしょうかね。まあ、そんな贅沢なことを言えるのも、それだけルネッサンスに対する期待が大きいことの裏返しではあります。本作はけして駄作ではありませんし,プログレファンに限らずより多くの洋楽ファンに聴いてもらいたいほどクオリティは高いです。残念なのはこれまでずっと見開き(運命のカードはどうだったのでしょう? )カバーだったのが、シングルカバーになってしまったことです。せっかくの紙ジャケシリーズなのに……。A面1曲目の「オープニング・アウト」B面3曲目の「ノーザン・ライト」が代表曲
となっています。

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さらにコンパクトになった楽曲が並ぶ「碧の幻想」は79年にリリースされました。正に時代はパンク前夜という状況にありながら、相変わらず思いっきりシンフォニックしていて気持ちが良いですね。とはいっては、オーケストレーションはシンセ系に置き換えられてしまっています。シンセのオーケストレーションは「きらびやか」なんですけど、平坦で豊かさに欠けることはこれまでも言われてきたことです。その中では本作のシンセのオーケストレーションは良くできている方だと言えるでしょう。ただ、オーケストレーションは良いとして、シンセのリード部でチョーキングというか?   音の揺らしは勘弁して欲しかった……。アレをやられると非常に安っぽく聴こえてしまうんです。シンセの発音が平坦なのをカバーするためにやってしまうのでしょうが、逆効果以外の何物でもありません。それでも楽曲のボルテージはけして下がってはいません。1曲1曲がコンパクトになった分、よりシンプルにはなっていますし、ポップになってもいますが、けしてシングルヒット狙いの安易な作りとは無縁な丁寧な作品作りに好感が持てます。

いずれにしても解散前のルネッサンスの最後の輝きとして、ファンとしては是非押さえておいて欲しいアルバムです。という訳でアニー・ハズラム’ズ・ルネッサンスは終わります。えっ? まだ、あるだろ……? 「カメラ・カメラ」「タイム・ライン」はどうした?ですか……? えへへ、あのへんのことは、まあ良いじゃありませんか? おっと、お怒りの方もいらっしゃるようですけど、そうですよねぇ……あれもルネッサンスでしたよね。ワーナーからIRSに移籍した後も、確かにルネッサンスは活動を続けました。

前述の「カメラ・カメラ」「タイム・ライン」2作を発表して解散するわけですが、そこでルネッサンスが演ったのはクラシカル・ロックではなくパワーポップだったのでした。バンドのキーを握っていたジョン・タウトが脱退し、ドラムのテレンス・サリバンのクレジットもありません。彼らが時代に迎合した作品作りに向かってしまった結果は、けして彼らの望むモノではなかったことは確かでしょう。

両作を最後にバンドは解散。アニー・ハズラムはソロとして何作ものアルバムをリリースします。(85年「スティル・ライフ」、90年「アニー・ハズラム」、94年「ブレッシング・イン・ディスガイズ」等。)その間、バンドのコンポーザーとして数々の名曲を作ってきたマイケル・ダンフォードはルネッサンスを再結成しようと活動したようです。しかしアニー・ハズラムはそれを受け入れず、いつしか2人は不仲になったというウワサもありました。そして95年についにマイケル・ダンフォードはルネッサンス名義でステファニー・アドリントンという無名女性ボーカリストを擁して「ザ・アザー・ウーマン」というアルバムを発表。期待と不安を半ばにしながら聴いたファンも多かったことと思います。結果、プロダクションのチープさも手伝ってか? けして高く評価できるアルバムとはなりませんでした。女性フロントのバンドの場合、様々な理由からボーカリストが交代する場合が起こります。しかし交代した結果が良かったケースはほとんどないようです。例えばイタリアのマティア・バザールというバンド(プログレ・ファンの方にはイタリアの伝説のバンド「ムゼオ・ローゼンバッハ」と「ジェット」が合体して出来たバンドというと分かり易いでしょう? その2つが合体したバンドでありながらイタリアン・ポップバンドなってしまったというのにも驚きます……実は彼らのアルバムの中にもプログレッシブなアルバムがあるのですけど……やっぱり血には逆らえないってことでしょうか? )の場合でも、アントネーラ・ルジエッロという声質と声域に恵まれた優秀なボーカリストが抜けた後は、どうも上手くいっていませんし……。ステファニー嬢の場合、面白いことに彼女のオリジナルな表現をした同作は頂けないのですが、「オーシャン・ジプシー」というセルフ・カバー的なトリビュート・アルバムでのアニーの楽曲では、なるべくアニーの表現に近づこうとして歌っていまして、これが結構「ザ・アザー〜」よりも何倍も良い出来です。確かにアニーほどの表現力はないもののクラシカルな雰囲気が出ていて好感が持てます。前出の「ザ・アザー〜」での彼女がダメだったのは現代ポップ風な歌い回しをしていたからだったことが、同作を聴くと良くわかるのも面白い話だと思いませんか?

アニーは、自分が中心存在だったルネッサンスをそんなボーカリストに取り替えられてアルバムリリースされて、面白いはずもなかったことでしょうが、あおんなアニーが97年に「ライブ・アンダー・ブラジリアン・スカイズ」というライブ・アルバムを発表しました。なんでもブラジルのファンがアニーとコンタクトを取って、ファンたちでコンサートを実施成功させてしまったという裏話のあるライブらしいのですが、さすがにアニーも歳をとったのかなあ……と感じさせるライブアルバムでした。特に前半数曲は前々声が出ていなくて……。しかし後半になると、さすがに往年の張りを取り戻してくれていました。今度のコンサートで彼女の声はどうなっているのか?というのは同作を聴いたファンには興味のあるところでしょう。



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