○プロレス観戦日記1

 2002年7/7にZERO-ONE両国国技館大会へ行って来ました。この時のメインは休憩時間中にトイレで浅草キッドの水道橋博士に会ったこと(試合のメインは金網デスマッチの小川直也vsプレデターですよ、もちろん。でも金網を使う必然性に乏しかったので、内容的には橋本vs小笠原を始めとした他の試合の方が良かったかも)。浅草キッドは格闘系のTV番組に良く出演していてプロレスやPRIDEなどの格闘技観戦が趣味だということは知っていましたが、会場で出会ったのは初めて。なんとなく得した気分になりました。でもトイレであまりに見つめすぎたので変な趣味でもあるんじゃないかと思われたかも(笑)。


○プロレス観戦日記2

 2002年7/20には全日本プロレス30周年記念大会「王道30 GIANT BATTLE in 武道館1st BATTLE 明(あかるく)の闘い」に社員や家族含め総勢15名で観戦してきました。全日ならではの分かりやすい大会進行はプロレス初観戦の宇野チャンにも大好評。娘はブッチャーが地獄突きを繰り出すたびに、会場全体から「シャ、シャ」というかけ声がSE(効果音)のように入るところ、そしてグレート・ムタがリング下に潜り込んだり、その後リング下から出てきたところを小島選手扮する愚零斗孤士(グレート・コジ)に後ろからほうきで叩かれるドリフターズ乗りのネタや、ムタの毒霧攻撃などが好評でした。


そのときのチケット

 僕的には6人タッグマッチでの安生洋二、長井満也、ケンドー・カシン組に大笑い。安生がタッチしようとしてもカシンは手を後ろに引っ込め首を振り振りタッチしなかったり、今度はカシンがタッチしようとすると一旦手を出した安生がタッチ直前に手を引っ込めたり、終いには同じチームなのにやり合ったりと終始お笑いネタで勝負してました。カシンが新日本プロレスで石澤常光を名乗っていた駆け出し時代、安生は高田延彦率いるUWFインターナショナル(以降「Uインター」)に所属していて、当時繰り広げられていた新日本プロレスvsUインター対抗戦での因縁、それをまさにコミカルに思い出させ何とも秀逸でしたね。僕はその新日vsUWF対抗戦のUWF主催興業を何度か見に行っていたこともあって、当時のU戦士たちの戦いは今でも特別な思いで見てしまいます。あの当時のU戦士達を見ると、今ではスター選手になっている率の高いこと、高いこと。PRIDEの看板選手である桜庭和志。ノアやPRIDE、そして新日でもトップで戦っている高山善廣。PRIDEでは無謀にも倍以上の体重差のボブ・サップと戦い玉砕こそしてしまいましたが、桜庭に先立ちリングスのマットでグレイシーを日本人で初めて倒した田村潔司。

 今回の全日リングで笑わせてくれた安生なんて、まだPRIDEが始まるずっと前にUインター安生最強説がまことしやかに囁かれていた94年、アメリカのヒクソン・グレイシー柔術アカデミーへ12月7日単身乗り込み(というか道場破り)、ヒクソンにボコボコにされてみんなの期待をあっさり裏切ったという事件も、今では懐かしい思い出です。Uインター終盤になると安生は「200%男」というニックネームを自分に付けたり、安生洋二&高山善廣&山本喧一の3人でゴールデン・カップスというふざけたチームを結成したりとお笑い方向に進み、今に至るといった感じですか。

 ちなみに96年に神宮球場で行われたUインターの大会は今でも忘れられない思い出になっています。今をときめく高山善廣が、その後全日へ行く因縁を産み出した高山vs川田の一戦(全日本プロレス所属選手が記念イベント以外で他団体初登場したのは、凄いインパクトでした)。そしてなんといってもメインを張った高田vs天龍戦(高田勝利)、これは当時のベストバウトといえる気迫のこもった一戦でしたね。


うおおおおおっ!

 これからも機会があれば、大好きなプロレス観戦に勤しむぞ〜!

(近いうちに闘龍門の試合も見れれば良いなと思っている今日この頃です) 



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