八日目 再び、首都ニューデリー。因縁のリターンマッチ


ふと、目を覚ますと見慣れない狭い場所で寝てる事に気がついた。

冷房がガンガンに効いてて寒い。

あぁ、そうか、寝台列車に乗ってたんだっけな…

カーテンを引いてみると他の客がいない。あれ?どうなってる?

掃除してる兄ちゃんがいたので聞いてみた。

「ここはどこだ?どうして列車は止まってるんだ?」

「終点だからさ。ここはニューデリーだよ。」

「なに!もうついてたのか!」

ついに戻ってきたぞ。ボッタクリどもの本拠地、首都ニューデリーだ。



インドに来て間もない頃は、僕も習慣の違いに戸惑い、散々かつがれたが、

もうずいぶん猛者どもとわたりあって旅行者としての格も上がってる。

やつらと対等に戦える自信が全身からみなぎる。

それも、無根拠ではない。数々の実践戦闘がどうすれば良いか教えてくれる。

空港タクシー、ホテルのマネージャ、旅行代理店のボス、アリ、船乗りにリキシャのドライバー達…

数々の豪傑どもが脳裏に浮かび、戦いの記憶が蘇る。

ふふふ、さぁて、どんな奴らが待ち構えるのか、むしろ楽しみだぜ!

夜も明けきらぬデリーの町並みを目の前にして僕は武者震いを覚えた。


トップレベルの豪傑たちの真の客引きを見よ


夜が明けきるのを駅で待ってから、僕はデリーへと繰り出した。

目指すはバックパッカー達が集うというメインバザール通りだ。

そこへいけば安宿が見つかるだろうし、浮いた金で今日はインド映画でも見てゆっくりする予定だ。

駅前の通りを横切ると、暇そうにたむろってる警官達をみつけた。

ヒュウ、あぶねぇ、あの暇人どもに絡まれると面倒な事になるのは見え見えだ。すばやくスルー!

「ヘイ、ジャパニ!土産はどうだい!」

ちゃららららら〜〜〜♪

客引きA が あらわれた!

にほんじん は 無視している!

「おいおい、ちょっと聞いてけよ!」

客引きA は 腕をつかんできた!

「さわんじゃねえええええ!」

にほんじん は 叫んだ!

にほんじん は 腕を振り払った!

「おいおい、なに怒ってるんだよ!」

客引きA は 逃げ出した!

ちょっと乱暴だったけど、もうピリピリしてるんでしょうがない。

構わず目指す通りへ前進!!!


「ヘイ、ジャパニ、ハッパ、チョコ(ヘロイン)あるヨ!ヤスイ!」

クスリ売り が あらわれた!

おっと!また現れたか!無視だ!

「ヘーイブラザー!いいホテルあるヨ!いいコたくさんいるネー!」

ポン引き が あらわれた!

「ジャパニ!よってケ!な!な!」

客引きB が あらわれた!

「ヘイジャパニ!どこへ(以下略)

土産売り が (略)

「遺跡、見てく、OK タダでガイドしてあげ(略)

ボッタクリガイド が (略)

「ヘーイ!ジャ(略)


うおおおおおおおおおおおおおおおお

敵が多すぎる!!さっきから一歩歩くごとに敵に絡まれてるじゃないか!

あとで聞いた話だと、やはり政情不安で観光客がまったくいなかったせいで、

客引きたちも殺気立ってたようだ。

どんどん無視していくと、客引きも手ごわくなり、ちょうど出した右足の先に

つま先をぶつけてきて、よろけた僕に

「ヘイ、ブラザー、寄ってくだろ?」

と言って客引きがニヤッと笑った。背筋を冷たいものが走る。

ひいいいいいいいいいいいいいいい


これはいかん。まだ通りの様子もよくわからないのに、客引きの総攻撃だ。

やはり旅行者の集うようなところはボッタクリどもの天下だ。

くるっと向きを変えて僕は逆に駅へ向って歩き出した。

駅の反対側はオールドデリーと言って旧市街がある。

そこにも安宿はあると書いてあったので、そちらに向う事にした。

やはり百戦錬磨の客引き達は手ごわい。

もちろんこれは戦略的撤退というやつで、敗北宣言ではない。

むしろ相手にせずに別の場所に逃げられたと言う事で、僕の勝利と言えよう。

と、駅の陸橋を渡っていると、小太りのおっちゃんに突然腕をつかまれた。

「○×▽ω刀ケ!§寃ヲ‰!!!」

何言ってるかわからん!ゆっくり英語で問答すると、だんだんわかってきた。

海外でよくある詐欺パターンが、

「ここは入ってはいけない場所だ!罰金を払え!」の類である。

ただの一般人がやってるならただ断ればいいのだけど、

場合によっては警官やら軍人やらがやってくるので、その場合はどうしようもない。

払わないと因縁つけられてムショにぶちこまれてしまうのである。

幸いにこの小太りのおっちゃんはどっからどうみても民間人で、

「この陸橋は立ち入り禁止だ!罰金を払え!」と言ってるのがわかった。

ははーん、ガイドブックにも報告されてたやつだ。馬鹿め、お見通しだわい。

そう思って「払わん!」の一点張りだったのだが、このおっちゃん、なかなかデキる。

払わないというと大声を張り上げてすごい力で腕をにぎりしめてくる。

「アイデデデデデ ちょ、ちょっとまったおっちゃん、いてぇ!!」

「わかったか!わかったらこっちへこい!」

「わかったわかった、ついてくから!!」

そう言うとおっちゃんはズンズン歩き始めた。

僕は無言でついてく。おっちゃんの手の内は読めてる。人気のないところへ連れてって、

仲間と囲んで払わざるをえない状況に持ち込む気だろう。

さて、どうするか・・・・

と、思ってたら左側に陸橋から駅のホームへ降りる別の階段が見えた。

おっちゃんは直進だ。

これだ!

僕はいっきに8段飛ばしで階段を飛び降り、そのままわき目もふらずに走り出した。

そして早朝の雑踏にあふれかえる駅のホームを全力で駆け抜けた。

景色が風のように後ろへ過ぎ去る。はやいはやい!僕はこんなに早く走れたのか!!

うしろのほうでおっちゃんが何か喚き散らしているのが聞こえる。

だが、声は遠くなるいっぽうだ。ケケケケ、追いついてみろ!

全力で駆けながら衝動的に叫ぶ。

「くぅうううそぉったれがぁああああああああああああ」


僕はデリーをナメていた。



さて、振り出しに戻った。

新市街の旅行者街は飢えまくった客引きがひしめき合ってるし、旧市街への陸橋は例のおっちゃんがガードしている。

駅のトイレで鏡を見る。やはりこの顔が、東洋人の顔立ちが目立ちすぎる。

このままでは例え宿を見つけたところで明日空港に行くまでに闘争続きでジリ貧になる。

ならばどうしたらよいか。


―――――木の葉を隠すなら森の中――――

はい、すいませんカッコつけました。とにかく、この顔立ちが目立たないところへ行けばいいのだ。

ガイドブックを開く。たしか、うってつけの場所があったはずだ。

……これだ!ここならば、僕が居座っていても目立たず、平穏に明日まで暮らせるだろう。

僕は地図で方向を確認して、できるだけ旅行者馴れしてないリキシャをさがしはじめた。




潜伏せよ!!チベット難民キャンプ


インドと中国はあまり仲がよろしくない。隣国で、陸続きともなれば領土争いもあって、まぁ仕方ない。

で、知られるように中国がチベットを占領下に置いた時、ダライラマその他チベット人がインドへ亡命した。

そしてインドのあちこちに集落を作って住んでいる。そのうちのひとつがこのチベタンキャンプ―――チベット難民キャンプである。

難民キャンプというと荒地にボロボロのテントを並べてるところを想像すると思うけど、

もう移住して長いので、ちゃんとした建物が並んでて、生活している。

しかし建物のつくりはチベットふうで、チベットの写真などで見る建物から建物へ色とりどりの旗をさげた

ロープが渡してある。人々は昼下がりを囲碁とオセロを混ぜたようなボードゲームに興じていた。

見渡すと日本人そっくりの顔した人たちがたくさんいる。


僕はここまで運んでもらった老人のリキシャマンと乗り賃のやりとりをして

(「ここから帰るのは遠いから2倍はらえ!」「ふざけんな!」の類)

チベタンキャンプに足を踏み入れた。

一応ホテルはあるのだが、英語の怪しいヒゲモジャの小汚い旅行者をみて怪訝そうな顔で「満室だよ!」と

言われまくる。当然と言えば当然か。そもそも旅行者がやってくるようなところではない。

それでもしつこく一軒ずつまわると、泊めてくれるところがあった。ありがたい!

荷物を降ろして食堂にいくとダライラマの肖像がかざってあり、

あちこちに「チベットを救え」という文句のシールが張ってあった。色々大変だ。

しかし、そこいらに座っていても客引きの猛攻撃にさらされないのはいい。落ち着く。

ふと財布を見ると日本円にして5000円を切っていた。

ホテル代を引くと、明日空港までリキシャを頼んだらほとんど残らない。

ギリギリだ。どこかへ遊びに行くお金もないので、安い現地タバコを買ってみて、通りを眺めてプカプカやる。

明日でこの長い旅も終わりか―――。そう思うと、感無量であった。

そこへなにか小道具をもったインド人がやってきた。よくみると耳掻きや香油のようだ。

「耳掻きどうだね?」

耳掻き屋らしい。そういえば、ヴァラナシの日本人宿で知り合った音楽家の旅行者がいっていた。

「耳掻き屋ってのにデリーで会ったんだけど、これが最高に気持ち良かったんだぜ!」


値段を聞いてみると3ルピーだという。日本円で9円。そんなに良いなら試してみるか、と思い、

耳掻き屋に任せてみた。最初は普通だったのだが、目の前に怪しげな蛍光色の液体の入った小ビンを見せて、言う。

「これは特別な香油だ。これを耳の中に塗ると、全身に力がみなぎるぞ!今なら5ルピー!

待て!わけのわからんものを耳の中に塗るんじゃない!!なんだその怪しい液体は!!

「NOOOOOOOOOOOOOOOO!!いらんいらん!」「まぁ聞け。この香油は聖なる力で満たされてて指先から・・・」

「いらん!あと高い!」「これはサービス価格だぞ?」

「というか、耳掻きつっこんだまま営業すんな!鼓膜がやぶれる!!!!

「じゃあ香油塗るか?」

「わかったわかった!OKOK!その値段でいい!」

「お前は賢い買い物をした。どうだ、ホーリーパワーを感じるだろ?」

どろどろしたものを綿棒でぬりたくられる。


うぎゃあああああああああ耳の中がああああああああああああああああああああああああ

あっあっあひぃいいいいいいいいいいい


閑静な難民キャンプに悲鳴が響き渡る。




そしてついに、インド最終日を迎える。しかし、真のクライマックスは最後の最後でやってくる。


九日目に続く









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