五〜七日目。ガンジス川じゃなくて、三途の川


僕は大小の石が敷き詰められた石畳の、狭く曲がりくねった裏道を歩いていた。

少し先を子供が何度も振り返りながら手招きしてる。

頭が朦朧として気分が悪い。冷や汗が首筋をつたう。

・・・ここはどこだったっけか?あの子供は誰だっけ?

乱立した3階程度の建物が四方の視界をさえぎり、方向感覚を奪う。

わずかな建築物のすきまから大きな川が見えた。

・・・・あれは三途の川じゃろか?


インドに到着して5日目、連日の下痢と栄養失調で僕は限界に近づいていた。

初日に悪徳旅行会社のボスの家で一食して以来、食べたものはといえば、

パサパサした果物類とチャーイという紅茶程度。おかしくなって当たり前だった。


朝、宿から出ようとすると、ホテルの支配人その他に呼び止められた。

「おいお前、まだヴァラナシに滞在するらしいじゃないか。ウチに残りの日数も泊まっていけよ。」

「そうだそうだ、ウチのホテル、綺麗だったろ、なんなら割引してやるぞ」

ありがたい申し出だが、ここにいる限りあのチンピラドライバー・アリからは逃げられない。

「すいませんね、僕は高いホテルと安い宿を交互に泊まってみたいんだ。」

「おいおい、ウチの宿代が高いってのか?気にするな、さらに下げてやるぞ」

「いや、折角ですが、、、」

じゃ、どうだ、無料にしてやる!どうだ!

すげええええええ値引きしたら宿泊料タダになっちまった!さすがインド!!!



アホか!!!!そんなウマイ話があるわけねーーーだろ!!!!

怪しすぎだ!!!

今までで一番マトモなホテルだと思ってたが、こいつは臭うぜ!

支配人の相手はほどほどにしてアリに話し掛ける。

「じゃ、今日どっか安宿に泊まったら、明日の朝このホテルの下に戻ってくるから。」

「おう、ちゃんと戻って来るんだぞ。」と、アリ。

オートリキシャを拾って乗り込み、後ろを振り返ると、

今まで乗ってきた車の前でアリが仁王立ちしてこちらを見ていた。

あばよ、アリ、これが今生の別れってやつだ。おそらく二度と会うこともあるまい。

いかにチンピラとはいえど、700キロをともに過ごして来た相手だ。もう会わないと思うと寂しいものだ。

曲がり角でアリが見えなくなると、僕は前を向いた。

アリは片付いた。次は列車のチケットだ。


結局、ガイドブックをいかに読み直しても、列車のチケットを確実にゲットできる方法は見つからなかった。

しかし、まだ望みはあった。ここ、ヴァラナシには現地の人と結婚した日本人のばーちゃんが経営する宿があるのだ。

そこなら、たくさんの日本人の旅行者がいるだろう。その中にはこの状況を打破できる方法を知るベテラン旅行者が

いるはずだ。その人に話を聞ければ・・・!

ただ、その宿がどこにあるのか、さっぱりわからなかった。

昨日それとなく番地の示すあたりを歩いてみたのだけど、入り組みすぎていて見当もつかなかった。

とりあえず、その日本人宿に一番近いはずのガート(沐浴場)までやってきた。

宿の方向に延びているはずの裏道を覗き込むと、石畳の曲がりくねった薄暗い小路が延々続いていた。

むこうから野良牛が列をなして歩いてくる。

なんか、悪夢でも見てるみたいだ、、、



しかし、目的の宿に一向にたどり着かない。道が曲がりくねりすぎてるせいか、

方角がすぐに分からなくなる。だんだん貧血だか熱射病のケが出てきて、フラフラしてくる。

さらに「○○ホテル、ヤスイ、キレイ、トマル、OK!」と口々に叫ぶ子供が何人も集まりだして、

どこかへ引っ張っていこうとする。またおかしなホテルにでも連れ込まれたら一大事だ。

あっちへいけ、と言いかけて気がついた。

「おまえら、××ハウスって宿、知ってるか?」

「知ってる!」「知ってる!」「こっちだ!」

子供達が口々に叫んで先へ走り出した。フラフラしながら子供達についていくと、

ついに目指す日本人宿についた。

石造りの外壁にしっくいをぬりつけた簡素な建物だ。

しかし、入り口らしいものが鉄格子のはまった小さな扉だけ。

これ、宿って言っていいのかな・・・勝手口みたいな雰囲気だ。

普通なら引き返したくなる入り口だが、今は細かい事を言ってる場合ではない!

扉を開けて「すいませーーん」と叫んだ・・・

すると、奥から田舎で孫にスイカでも切ってあげてそうな、ラフな姿のおばちゃんが顔を出した。


唯一の安息の場、日本人宿


おばちゃんは僕の顔を見ると、途端にしゃべりだした。

「あらっお客さん?あらあら、まぁまぁ、どうしたのその格好は?

 泊まり?ドミ(ドミトリーの略。ベッドだけ並べられた大部屋の事。安い。)でいい?

 最近の子は一人部屋がいいのかしら?ボッタクリツアーで連れて来られたの?災難ねぇ。

 いくらくらい残ってるの?あら、それなら全然大丈夫よぉ。」

おばあちゃん、よくしゃべる!しかし、久しぶりの日本語だ!

日本語をしゃべったり聞いたりすることがこんなにうれしいとは!!!

2階へ上がるとたくさんの日本人が座り込み、飲み食いをしていた。

日本人旅行者達は新入りの来訪を歓迎してくれ、僕は久しぶりの日本語を堪能した。

日本人の口に合う食事をだしてもらい、ようやく人心地ついた僕は屋上へあがり、

乾燥した風と太陽の光を浴びつつ、この旅行初めてのリゾート気分を味わった。

ああ、いい気分だ、もう後の事はとりあえず忘れて、いられるだけこの気分を満喫していたい…

そう考え、目を細めてる僕の視界に何か映った。


ガンジス川になにか浮いている。

地方からの旅行者を満載させた小さなボートが「それ」のそばを避けて通っている。

うわさに聞く、人間の死体だ。

(ヒィイイイイイイイ)

水をすって異様に白く膨らんだ死体は、うつぶせに浮いてるがなぜか片手を水面から出している。

死体はゆっくりゆっくりガンジス川を下流に流れ、やがて建物の影に隠れた。


その時、僕は直感的に悟った。

たぶん、今、日本へ帰る努力をやめたら、きっと僕もああなる。

のんびりするのは列車のチケットを無事取れてからだ!


階下に下りると、見慣れないインド人の男がイスにすわってなにかメモをとっていて、

そのまわりに日本人旅行者が集まっていた。

「ああ、あの人ですか?列車だとかのチケットの仲介をしてる人で、毎日来てるんですよ。」

順番待ちをしてる旅行者が教えてくれた。


なんと!こいつは好都合だ!

さっそく僕も頼む事にした。でも、バンクレシートないけど、平気かな…

「何?バンクレシートがない??そいつは弱ったな。」

「それで僕も困ってるんです。なんとかなりませんか?」

「しょうがねぇな、30ルピーよこしな、係員に『ニギらせて』買ってくる。」

それ賄賂っていうか買収じゃん!!

なんか、汚職っていうか、そういう悪習が見え隠れするけど、融通が効いて便利だ…!

チケット仲介屋の小男は一通りオーダーを聞くと、風のように宿から飛び出していった。

きっと、他にも宿を何件も回っているのだろう。たくましい男だ。


こうして当面の不安は解決した。列車は翌々日の夕方の便で、さらに翌日の早朝、

空港のある首都、ニューデリーへつく事になっている。そうしたら、デリーで一泊できれば、

日本へ帰る日となる。もう何の問題もない!!間違えようがないのだ!!

ついにこの旅行にも終わりが見えてきた。!!日本へ帰れる!!!


安心しきった僕はこの日本人宿で二日間を本当に旅行者として過ごした。

謎のココナツジュースを飲んで吹いたり、床屋へいって丸坊主にされかかったりした。

このへんはいわゆる「普通の貧乏旅行」なので省略!

インド旅行記は他の人もたくさん書いてるのでそちらをご覧下さい。

しかし、楽しい時はすぐに過ぎ去るもの。

間違いようのない旅程で、まだまだ困難は襲い掛かるのです。





八日目に続く









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