2日目後半戦


アーグラーの町へつき、ホテルへ荷物を置き、タージマハルを見に行って帰る途中、

チンピラドライバーのアリは突然、以前乗せた日本人の話を始めた。

その日本人は医者で、奥さん子供を連れての旅だったようだ。

アリが言うにはその医者は大変満足して帰ったそうだ。

この程度のボッタクリはまったく気にならない財力の持ち主だったと思われる。

「その医者はとても喜んでくれて、最後に100ドルもチップをくれたんだ。

なぬ!チップ!?100ドル!!??

「だから日本人は大好きさ。」

と、こちらを見てニカッとアリは笑った。

こ、これは、、、大金のチップを暗に要求されてるのでは・・・!!?

ちなみに、このときの僕の所持金は全部で160ドル程度。

もし最終日になって、チップを払うほどの金がないと知ったらどうなるのだろうか。

ドキドキしながらさっきの舌打ちつきのガンつけを思い出していると、

アリが路肩に車を止めて、店に入って何かを買って来た。

またビールか。好きだなぁ、ビール。

「あとでお前の部屋に行って飲んでもいいか?」と、アリ。

ホテルの部屋には冷房がついてたから、それが目当てだろう。軽く承諾した。


ホテルについてからアリと一緒に部屋に戻ろうとすると、カウンターでホテルの支配人に止められた。

「その運転手、酒飲むの?」

「ああ、なんか僕の部屋でちょっと飲ませてくれって言ってた。」

このマネージャーは日本語ができる。本人の目の前でも日本語で密談ができるのはちょっと面白い。

「インドじゃ普通は酒は飲まないよ。禁酒が法律で決められてる州があるくらいだし。」

「え、そうなの?!」

マネージャーは顔をしかめてアリをチラッと見た。どうも結構不謹慎なことのようだ。

「危ないから、その運転手に変なこと言わないでね。」

へ、変なことってなんすか!!そして言ったらどうなっちゃうんですか??!!


どうも僕はアリを勘違いしてたらしい。アリはチンピラには間違いないようだが、

グレードの高いチンピラのようだ。

アリが横で盛んに「おい、あいつと何を話していたんだ?おい、」と話し掛けてくる。

外国人の顔つきはやっぱり分かりづらいが、現地人に太鼓判を押される悪党ヅラなのかもしれない。

うーん、たしかにそういう顔に見えてきた。

そんなのと最終日まで一緒にいては、いつなにをされるかわかったものではない。

これは、やはり、逃げ出さねばならないようだ。


チャンスは一度・逃走計画



まず状況を整理しよう。

@普段は車の移動で駅など他の交通機関のあるようなところを走ってはいない。

→車から飛び出し逃げる手は使えない。

A一人になれるのはホテルの自室のみで、絶えずアリは僕についてきている。

→いきなりプイッといなくなる手は使えない。

B観光ルートを辿り、最後はまたあの悪徳旅行会社へ戻り、ボスに報告するらしいので、

 ちゃんと僕を連れて帰らないとボスにアリが怒られるらしい。

→とりあえず途中で殺されたりはしないで済むようだ。

C僕はアリのぶんのホテル代まで払ったことになっているはずだが、アリは普段僕がホテルに入ると

 車の中で寝てるか安宿に行ってるようだ。

→旅の資金はアリが持っており、浮いた分は着服してると思われる。

D残金が心もとないが、旅の目的地、ガンジス川にはたどりつきたい。


状況は結構厳しい。最初、アリが去った後、勝手にチェックアウトして出て行ってしまおうとも考えたが、

カウンターへ様子を見に行くとなんと、アリがロビーに座っていた。

そとは暑いから冷房のあるホテル内にとどまっているようだ。これではホテルの窓から逃げるとかしないと

外に出られないではないか。それはさすがにマズイ。

それにホテル代を聞いたところ、高くはないがそこそこするので、旅の資金をこれ以上減らすのは避けたい。


・・・・さてどうするか。

僕は部屋でテレビを見ながらビールをラッパ飲みするアリを見ながら頭を回転させた。


「おう!それじゃ俺は帰るぜ、明日また迎えに来るからな。」

そういってビールを飲み終えてゴキゲンなアリは言った。

「ああ、わかった。明日もよろしく。おやすみ。」

鼻歌まじりでアリは部屋から出て行った。

今日も車なり安宿なりに行くのだろう。やっぱり色々不備はあるとはいえ、外国人が

泊まるようなホテルは現地の人からしてみれば相当高い。

差額を着服できれば、稼ぎもはねあがるのだろう。

部屋のカギをかけてベッドに寝転んでようやく人心地がつけ、伸びをした。


・・・・ん?待てよ?

着服・・・・ ?


「んっふっふっふっふっふ」

ひとつ、アイデアを思いついた。これは・・・行けるかもしれない!

ただ、これは駆け引きだ。それにこの話をアリに切り出せるのはおそらく一度しかない。

話を切り出すタイミング、それにカタコトの英語で話を伝える根性が必要だ。

ガンジスのほとりの街、ベナレス(ヴァラナシ)に着くのは明後日。

タイミングをうかがいながら、羊のようになっていればその時は来る。

ニヤニヤしながら僕は寝る支度を始めた。


三日目・罠に仕掛けたエサ


果てしなく続く一本道を僕の車はひたすら東へ東へと爆走していた。

インド北部の首都デリーと、東部の中心都市カルカッタ(コルカタ)を結ぶ大国道だ。

陽炎でゆらめく地平線に向けて、併走する貨物列車と先を競いながら次の目的地を目指す。

相変わらずの飲酒運転でゴキゲンなアリと対照的に、僕は連日続く慢性の下痢で完全に

グロッキーになっていた。極端に油っこく、香辛料てんこもりのインドの食事を体が

受け付けず、食べているものはといえば、野菜と果物のみ。今思えば無理してでも食べておくべきだったが、

まだまだそこまでサバイバル根性はついてはいなかった。


急に車が止まったので倒していたシートを戻して前をみると、なにやら車が数台列をなして停車しており、

その向こうで人だかりができていた。アリが出て行って現場に向かい、帰ってきた。

「事故だ。しばらく車は通れねえ。2,3時間は復旧にかかるだろう。」

「なんだって??じゃ、別の道を行こうよ。待ってられないよ」

「駄目だ。国道はこの道しかないし、別の道を行くと強盗団に襲われる。」

強盗・・・!そうだ、ここは日本ではないのだ。改めて認識させられた。

仕方ない、ゆっくりするか・・と外に出た。

長く同じ姿勢を保ってくたびれた四肢を伸ばし、深呼吸をしながらあたりを見回した。

猛烈に晴れた空とぬかるみが点在する果てしない平原が広がる。

「なにも遮蔽物がないと、景色の上3分の2は全部空になるんだなあ。」

日本語で独り言を言いながらぶらぶら歩く。

事故現場を遠巻きにみると、野次馬でよく見えないが道路に血糊がべったりとついてるのが見えた。

うわあ、こりゃ死んでるな、きっと。

このあたりの地元の人間だろうか、デリーなんかと比べると民族的な格好の一団が現場を見に集まっていた。

・・・と思ったら事故現場のすぐわきにいるのに、全員僕を見ている。

まるで珍獣を見るかのようにじっと見ている。インドの人は目線があっても目をそらすという習慣がないと

聞くが、全員に凝視されるとかなり怖い。しかも全員無言。めっちゃ無言。30人前後、老若男女の無言の凝視。

死亡事故より外国人の僕のほうが興味をひくらしい。いいけどまばたきくらいしてくれ。目が乾くぞ。

小石を拾ってぬかるみに投げるとそれを見る。

変わった草をつんつんつついてるとまた見る。

用を足しに低木のしげみにはいっていくとまた超見る。

見られまくりである。



落ちつかねえ!!!!!!


珍獣生活をしばらく続け、やっと車が動き出したのでようやく落ち着けた。

上野のパンダは偉いよ、ほんと。



そこからの旅は順調だった。車は延々東へ東へと向かい、途中国道脇に作られた

喫茶店もどきの民家で茶を飲んで休憩したり、露店で果物を買ってもしゃもしゃしてるうちに夕方になってきた。

特に会話もなかった時、ふと、アリが聞いてきた。

「ヴァラナシについたらお前は3日ほど滞在すると言っていたが、その間は俺は案内しなくていいのか?」


果物を食べる手がピタッと止まった。つばを飲む。




――――― 来た!今が例の「作戦」を実行する契機!!


あわてず、根気良く、そしてゆっくりと、だ。食べかけの果物を飲み込んでから僕は話した。


「それなんだけどさ、アリ、現地についたら2日目は僕が自分で探すから、安い宿にとまりたいんだ。」

カタコトの英語で必死に説明する僕を見てアリが怪訝そうな顔をして返してきた。

「なに?安い宿?カネなら心配するな、宿泊費はもらってるから、これ以上お前は出さなくていいんだぞ。」

「いや、高い宿ばかりに泊まっても面白くないし、安い宿に泊まってこそ、みたいのが旅行者仲間にはあるんだよ。」

「しかしだな、それで安い宿に泊めたなんて言ったらボスに俺が怒られる」

「大丈夫だよ、ボスには言わないよ。いいじゃないか アリ。」

「・・・・・」


アリは当惑してるようだ。そりゃそうだ、わざわざ安宿に泊まりたいなんて客はなかなかいないだろう。

つまり、適当な安宿に今日は泊まって、次の日待ち合わせようと言ってそのまま逃げてしまえばいい、という

作戦なのであった。しかも、安宿ならば旅の資金は減ったとはいえ、まだ余裕はある。

綺麗に逃げられれば、あとは元々の予定通り、安宿を泊まり歩いて暮らせばいい。

だが、さすがにこのチンピラが丸々一日僕から目を離すような提案を受け入れるとはなかなか思いにくい。

そこでもう一言を付け加えた。


「二日目ホテルをでたら、自分で安宿を探して、翌日戻ってくる。アリには迷惑かけないさ。」

「・・・・・・」

アリは妙な事を言い出した客の話に困惑して黙ってしまった。

なにか頭の中でグルグル考えているようだ。


実は、さっきの言葉には罠つきのエサが仕込んであった。

僕が勝手に宿を探してくる、そして次の日戻ってきて落ち合う、ということは、

暗に「その日の僕が泊まるはずだった外国人用ホテルの宿代がまるまる着服できる」という事を示してる。

打算的なアリがこのうまそうなエサに食いつかないわけがない。

確実にノッてくるはずだ。表情から察するに、エサを目の前にして、この怪しげな提案を飲むかどうか、

警戒しながら迷ってるようだ。


こいこい、くいつけ、くいつけ、お前の大好きなエサだぞ、こい、こいこい、頼むぜ。そら、もう一息。


ここで断られればこれ以上のエサは思いつかないし、怪しい提案を続ければむこうにこっちの考えが

気取られる。そうしたら逃走はちからづくのものになるだろう。異国の地でチンピラ相手にそんなことをすれば、


失敗した場合何をされるか想像もつかない。頼むぜ、食いついておくれ。よーしほれほれ、食いついておくれ。



どのくらいの間があったろうか、ひきつり気味の笑顔で様子をうかがっていると、

アリが吐き捨てるように言った。

「わかった、だが、宿はお前が探せよ、それから時間にちゃんと戻って来るんだぞ、戻ってこないと俺がボスに怒られるんだからな。」


フィィィイイイイッシュッ!!!

かかった!食らいつきやがった!!!!!!

やったーーー!!ギャァーーーーハハハハハハハァアアア!!ついに一矢報いてやった!!!

あとで気がついてももう遅い!!

「わかったよアリ!大丈夫さ!」心の底からの満面の笑みで僕は答えた。

もう安心だ。これでチンピラ同行の珍道中も明後日までだ。よかった。ほんとよかった。

当然、アリから逃げたあとも、戦いは続くだろうが、とりあえず一段落ついた。


急に力が抜けてシートに背を沈めると、安堵のため息がもれた。はぁ、ホント良かった。


妙に上機嫌になって含み笑いをこらえる客を見て、アリは変な気分になっていたに違いない。

暮れ行く夕日を背に、車は今日の寝屋を求めて小さな町に入っていった。


〜悲願の目的地 聖地ベナレス(ヴァラナシ)〜に続く)

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