ツアーにしろ、個人旅行にしろ、インドを旅するには

肝に命じておかねばならないことがある。

それは、「たえずボッタクリや客引きと戦わねばならない」ということ。

ひとりひとりならば彼らを追い返すのは大したことじゃない。(例外もあるが。:参照:第一日目

けれど彼らは行く先々で待ち構え、観光客を見つけるや否や大挙をなしておそってくる。

交渉に手間取っているとちょっとした人だかりができてしまう。

これがどういうことなのか?わかりやすく図示するとこうなる。


ジリ貧である。

ゆえに、インド馴れしてないハナッたれが一人でのこのこ出かけて行くと、

ガンジス川のほとりで大勢のボッタクリに囲まれながら、

「おっかあ、オラぁ、もう疲れただよ・・・」などとため息をつく羽目になる。

その時彼の頬を宝石のような一筋の涙が横切って消えたという。

・・・それはまあ、まだ先の話。

ええと、どこまで話しましたっけ。あ、そうそう、悪徳旅行会社にぼったくられて、

ようやく外に出れたというところでしたね。そうでした。

第一日目、後半戦。未だ太陽は天高く輝いている。

首都、ニューデリー、場末のみやげもの屋で罵声が響く。

「みやげ買え!!」

「い・や・だ!!!」

「これなんかどうだ、最高級のシルクに絵を描いたものだ。日本人はみんな買うぞ!!」

店主は額に入った巨大な絵を得意げに引きずってきた。床に立てると僕の肩ほどもある。

「おまえはアホか!?そんなデカいもん持ってどうやって旅行しろってんだ!!」

「じゃあこれはどうだ、マハラジャの使ってた三日月刀だ。よく切れるぞ!!!」

すらりと刀を鞘から引き抜くと彼は店内で刀を振り回し始めた。

「あぶねえ!!こっち向けんな!!」

「うるせえ!なんか買え!!」

「いやだ!!」

せっかく悪徳旅行会社から外に出られたというのに、気がつけば

「カネよこせ!!」「ふざけるな!!」の構図にはまっている。

700ドルもとられたばかりであと9日も生き延びなきゃならんというのに、

だれがそんな高価なものを買うというのか。

すこし時間はさかのぼる。

旅行会社のオフィスから出ると、すでに満身創痍の僕に旅行社のボスはひとりの男を紹介した。

「今日のデリー観光のガイド兼ドライバーのアースファイア(通り名と思われる)だ。」

「よろしく」と頭の禿げ上がったイタリア系の男が右手を差し出した。

今日僕がどこに行くかすでに決まっているらしい。

アースファイアにうながされてラジオも空調機もはずされて

穴だらけになったボロ車に乗ると、絵に描いたような観光客の出来上がりだ。

「見ろ、あれがインドの首相官邸だ。写真を撮れ」

「おー、ぐれいと!!」

パチリパチリ。

「見ろ、あれがかの有名なガンジーの像だ。写真を撮れ」

「おー、わんだふる!!」

パチリパチリ。

「ここは政府直轄のみやげもの屋だ。このガネーシャ像を買いなさい。」

「おー、びゅーてぃふる!!はうまっち?」

「1000ルピー。」

「ふぁっ○・ゆー!!!」
(webmaster注:汚い言葉遣いがありましたので一部伏せ字にしました。バレバレですが。)

1000ルピーもあれば茶が300杯も飲めるし

安宿なら半月は泊まれる。

ボッタクリにしたって程度があんだろが!!

しばらくみやげ屋と「買え!」「ふざけるな!」のやりとりをしたあと、(最初に書いた文はこの部分)

らちがあかないので店主を無視して店から飛び出すと、アースファイアが追いかけてきた。

「どうした!?ここは兄貴の店だ、安心して買い物ができる店だぞ!?」

嘘をつくな嘘を。おまえと店主じゃ骨格からして違うだろうが。

ボッタクリ達は紹介先を兄弟の店だと言いたがる。

連れていった先で旅行者がカネを落とすと土産物屋からガイドにも紹介料がはいるので

彼らも必死なのだ。僕がだまってアースファイアをにらみつけていると

「わかったわかった次に行こう。」とあわてて車のキーを取り出した。

「次はどこにいくんだ?」

「おまえメシまだだろう?ボスが家で食わせてくれるっていうから彼のうちへ行こう」

「えっ!!!」
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困ったことになった。

旅行中起きてほしくない事態の第一位は「殺人強盗に巻き込まれること」で間違いないと思う。

で、第二位は「みぐるみをはがされること」だと僕は思う。

みなさんは「睡眠薬強盗」をご存知であろうか?

親切なフリをして旅行者に近づき、飯や飲み物にこっそり強力な睡眠薬を盛り、意識不明に陥ってる間に

財布からパスポート、果ては衣服まで奪うのである。

あまりに強力な薬を使うので脳に後遺症が残ってしまったという例もあるというから驚きである。

のちにあった日本人旅行者にまさにこの手の被害にあった人がいた。

「タイで仲良くなったイギリス人と飲み屋で飲んでたらさ、インド人旅行者が近づいてきてさ、

酒をあおって話を弾ませてたら、突然意識がなくなってさ、気がついたら

街のど真ん中でパンツ一枚で転がってたんだよ。

しょうがないから近くにいたタイ人にお金借りてさ、パンツ一枚でバスのって日本大使館行ってさ、

大使館の門を叩いて「すいませーん」って言ったら何も聞かずにパスポートの手続きしてくれて

ちょっとお金貸してくれたよ。当然帰り道もパンツ一枚でバスのって帰ったよ。」

悲惨である。そうはなりたくないもんである。

僕の有り金なんてもうはしたものになってしまっていたが、むこうは僕の持ち金の残高なんて

まったく知らないだろう。しかも悪徳旅行会社の総大将の家で、なんて、もうやりたい放題である。

「実は腹の調子が・・・」「腹減ってないんだ」「いいよ、自分で食うよ」などとしぶってはみたが、

彼は今まで見た事もないような爽やかな笑顔をする。「そんなに遠慮するな、ほら、もうすぐつくから」

つかんでいい!!!もう永久にドライブしてたい!!!(泣)

ボスの家はデリーの郊外にあって、日本じゃありがちな四階建てのアパートだが、まわりの建物と

比べると格段に美しい。僕は心の中で「ボッタクリ御殿」と名づけた。

はたして僕は四階の一室に通された。よりによって一番逃げにくいところになってしまった。

通された部屋はイスラムっぽい部屋でじゅうたんがしいてあり、丸い枕のようなものにひじを突いた

男たちがごろごろとだらしなく寝そべっていた。

インド風の内装に西洋っぽい家具が置いてあって、和室にも西洋家具が置いてある日本のように

チグハグな印象を受ける。寝そべっている男たちはボスの友達らしいが、

ボスに劣らず極悪人のような人相の人たちばかりである。

「よくきたな。さあ食え。たっぷりと食え」

ボスは上機嫌で迎えてくれた。先の一件がなければテレビでありそうな心温まるワンシーンなのだが。

献立はやっぱりカレー。しかしもう頭がくらくらして、背中は油汗でびっしょりで、

何を食っているのかさっぱりわからない。目を白黒させて口の中で「アーメン」と唱えながら

おいしいおいしいと狂ったように繰り返す僕を見て極悪人たちはゲラゲラ笑っている。

しかし結局食べることに決めたのは、晩餐が始まると奥から子供が二人走り出てきたからだ。

「さすがに子供の見てる目の前で強盗なぞやらんだろう」とそう考えたのである。

・・・そうこうしているうちに食べ終えてしまった。

おそるおそる右手を動かしてみる。なんともない。

ゆっくりと周りを見まわしてみる。異常はない。

テラスに出て風を浴びてみる。特に異変はない。

足はしびれたがちゃんと歩けるようだ。

よかった。なんともなかった。僕の考えすぎだったようだ。

万歳!!生きてるって最高!!

しかしその後ボスの子供達と遊んでいると、異変が襲ってきた。

ぎゅうう〜〜〜ごろごろごろぴぃいい〜〜〜〜

猛烈な便意が襲ってきた。

いかん、薬は盛られてなかったようだが、インドの水だか油だかが僕には合わなかったようだ。

「と、トイレ貸してくれえええぇぇぇぇ」

あわててトイレに飛び込むと猛烈な下痢がはじまった。どんな状態かというと、

・・・・・・・・やめた。正確な描写をすると会社からクレームがつきそうだ。

まあ一言でいうと、じゃんじゃん出たのである。

この下痢は結局インドにいる間中治らず、いや、日本に帰ってからも二ヶ月ものあいだ治る気配を見せず、

一気に十日で体重が5キロ落ちた。そして下痢が治った今でも体重は戻っていない。

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しばらくトイレに駆け込んだり子供の相手をしたりしてるうちに日が沈んでしまったので

アースファイアにホテルまで送ってもらった。

すっかり外は暗くなっていた。実に長い長い一日であった。

しかしまだ終わらない。インドはまだ僕を安心させてはくれなかった。

すっかり忘れていたが、帰ってきたホテルは僕を悪徳旅行会社へ送りつけた

チンピラホテルなのであった。つくなり再びマネージャーが奥から飛び出してきた。

「よく帰ってきたな、楽しかったか?忘れてたがホテル代を払え。今すぐ払え。」

と僕をロビーの端っこに連れていった。これこそチンピラホテルの真骨頂。

先に人の見ていないところでカネを先払いさせ、後でチェックアウトのときに

「もらっていない」の一点張りで二度徴収しようという詐欺手法である。

この手法の肝心なところは誰も見ていないところでカネを払わせ、

証人や証拠をいっさい残さないことである。

しかしこれはちゃんと知っていたのでマネージャーにしつこくつきまとってレシート(領収書)を書かせた。

よっぽど領収書をとられたことが悔しかったらしく、

今度は何故か僕の部屋までついてきた。何か企んでいる様子である。

無言で過ごすのもアレなので、ためしに年齢を聞いてびっくりした。

「俺か?今年で25だ」

ホテルの支配人をやっていること、大勢の人間をアゴで使っていること、

顔の広いこと、詐欺のぬかりなさ、信仰の深いこと、

どれをとってもとても僕のひとつ上とは思えない。

人間性はともかく、この猛烈なハングリーさに僕は敬意を持っていた。

「えぇえ!!ほんとかよ!スゲェやろうだなおまえは!」とあきれると、

彼は大喜びして抱き着いてきた。そして急に饒舌になってなにやら苦労話のようなものをはじめた。

(ヒンディー語まじりの早口過ぎてもともと話の半分もわかってなかった僕にはさっぱり聞き取れなかったが。)

その無邪気な横顔を眺めていてなんだかこの男のことが少しわかったような気がした。

僕がタクシーに押し込まれて悪徳旅行会社に送られる途中、なぜタクシーから飛び降りなかったかというと、

彼が街中でヒンドゥー教の神様の絵を見つけるたびにすばやく額の前で印を切っていたからだ。

それはただの詐欺師であっても敬虔な教徒と変わらぬ心からの深い祈りの姿であった。

(この人は自分がいくらがんばっても西洋や日本のような豪華で物にあふれた生活が

できないことを知っているんじゃなかろうか。)インドの貨幣価値は日本と比べて格段に低い。

通貨をドル換算して西洋文化のいきのかかったものを買おうとするとどんなにがんばっても庶民の手には届かない。

なのにテレビのブラウン管は西洋文明の華やかさを絶えず垂れ流しにして容赦なく物欲を刺激する。

しかしそれは一生かかっても適わぬ手の届かぬ暮らし。

そういうどうしようもない感情を神に祈ってなんとかやりくりしているのではないだろうか。

この「どうしようもなさ」が「神に祈る」ということを生んでいるのではあるまいか。

・・・とまあ、かってにいろいろ想像して感傷的になっていると、ひととおりしゃべり終えた彼が、

僕の腕時計を見てこういった。「いい時計してるな。ちょっと俺にも見せてよ。」

「あ、うん。いいよ」

僕はすでに彼の理解者になったような気分になっていたので、気安く腕時計をはずして快く渡してあげた。

馬鹿である。大馬鹿者である。

もうこの男がどういう男なのかすっかり忘れてしまったのである。

「へえ〜いい時計だな。よし、こうしよう。俺の時計とおまえの時計を交換しようじゃないか。

と泥だらけのあきらかにぶっ壊れている汚い時計を差し出してニヤッと笑った。

鳥肌が立つようなえがをである。ようやく僕は正気に返った。

「そんなもんいらんわ!返せコラァ!」

とっくみあいになった。

いい年こいた大の男二人が腕時計ひとつを必死に取り合ってもみあいをしている。

欲望丸出しである。醜い。醜すぎる。

「いいじゃないか見ろ、これはおれのほうがよくにあう!!」

「そんなことは聞いてねえ!」「おまえの時計は壊れてるぞ!俺は親切でいってるんだ!」

「ふざけるな!さっさとこの部屋からでていけ!!」

やっとこマネージャーを追い出してさて寝ようかと床につくと、なんと壁に着いてるクーラーが

壊れていてめちゃくちゃ寒い。スイッチをいじってもダイヤルを回してもさっぱり効果がない。

その上、換気扇の横に大穴があいていて蚊が入りまくってくる。とても眠れるような環境ではない。

「頼むから休ませてくれえぇぇぇぇぇぇl!!」

まだインドにきて一日しか経っていないのである。

そして期待道理に翌日からもこの地獄は帰国の日まで続くのである。

〜チャンスは一度・逃走計画〜に続く)

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