〜洗礼・ニューデリー、最初のボッタクリ〜

僕は自分のおかれた状況が理解できずにいた。

恐怖と不安で吐き気がする。めまいもひどい。

なにも不手際はなかったはずだ。

たしかに二度目の海外旅行で行き先がインド、それもツアーなどではなく

航空券だけ握り締めて、一人でのこのこ「どうにかなるだろう」などと

ずいぶんな考えで日本を発ったのはマズかったかもしれないが、

散々ネットや旅行書で情報収集に励んだし、

カメラをぶらさげてフラフラ歩いたり、人前で財布を開けたりした覚えはない。

でも、

しかし、

それなのに、


僕は狭く汚い悪徳旅行会社のオフィスで

5人のインド人に囲まれて700ドルもするボッタクリツアーの

契約書にサインをせまられていた。

(な、なぜだ。なんでこんなことになってしまったんだ。)

僕はじっと契約書をみつめていたがまったく読んじゃいなかった。

っていうか全文英字なので一行も読めねぇ。値段しかわからん。

インドについたのは深夜だったのでちゃんと税関の前の荷物受取所で夜明けまで

時間をつぶしたし、空港の外に出ると悪名高いインチキタクシーにつかまると聞いたので

空港内のカウンターで料金前払いのタクシーを市内まで頼んだ。

なぁんにも問題なかったはずである。なのに何故?

後に会った旅なれた日本人旅行者によると、デリーの空港に降りた日本人は

多かれ少なかれなんらかの被害を受けているとの話。特にタクシーなどはどこで頼もうが

指定した場所には行かず、紹介料のもらえるホテルへ連れて行ってしまうので、

連れて行かれたところがまともなホテルか悪徳ホテルかはまさに運次第。(なんちゅうところじゃい)

あいにくと僕は大凶を引き当てたようで、着くなりホテルのマネージャーが飛び出してきて、

荷物を一番高い部屋に降ろさせるとタクシーに僕を押し込み、

着いたところがこの悪徳旅行会社だったのでした。空港タクシー、チンピラホテル、悪徳旅行会社と

ボッタクリのバケツリレーだ。しかしこうゆう話はイヤっていうほど旅行書にもネットにも載っていて、

僕は読むたびに「ガハハ。そりゃ気構えが足りんのだよキミィ。僕ぁ、こう見えてしっかりしてるから

そんなことにはならんね。逆にねぎりまくって一杯食わしてやる。」などと無根拠の自信を

持っていたが、実際はこのザマである。おそるべし平和ボケ。


ふと時計を見た。

デリーの国際空港を出てまだ4時間も経っていない。

これから帰りの飛行機の出る十日後まで手持ちのお金だけで

生き延びなきゃいけないのに、ついたそうそう700ドルもとられるわけにはイカン、

なんとか突破口を見つけねば・・・そう思っていると、

二階から新たに二人若い男が降りてきた。

鉄壁の布陣である。僕をここに連れてきた男(チンピラホテルのマネージャー)

は紹介料(?)をもらうとさっさと引き上げていってしまったが、

それでもまだ六人もいる。

700ドルは僕にとっても10万円近い大金だが、

彼らの価値観で言うと100万円相当の価値がある。

その上、あとで聞いたところによると、インドとパキスタン間での政情不安で

ここ二、三ヶ月間カモとなる外国人観光客がまったく来なかったらしい。

まさに極限まで飢えた猛獣の集団!!!

-----------------------------------------------------------------------

さて、ここで読者の皆様にクイズです。

現在旅行記なぞ書いてる以上、僕はなんとかこの危機的状況を乗り切れたわけですが、

それはどのようにして乗り切ったのでしょう?

1、巡回中の警官が乗り込んできて目の前のインドヤクザを警棒で叩きのめし、

  「君はラッキーだった。これからは気をつけなさい」と言ってくれ、

  インドの国家権力に感謝した

2、粘り強く交渉すると、意外にあっさり半値以下に値切ることができ、

  「なんだ、これがインド式の取引で別に普通の旅行会社だったんだな。

  先入観でインドの人を判断しちゃうなんて恥ずかしいことをしたな」と

  反省した

3、平和ボケの激しい日本人の若僧などに日々をサバイバルしているインドの屈強の輩に

  抵抗するスベなどあるはずもない。弱肉強食。

  真っ青になりながらすばやくカネを差し出した

さあすばやく回答してください。読み進めると答えがわかっちゃいますよー。

---------------------------------------------------------------------------

いくら僕が平和ボケ丸出しでも、今がかなりヤバいことぐらいわかる。

それとなく脱出経路を確認しようと伸びをしながら背後のガラス戸を見ると、

そこには制服をビッと着こなした警官がこの地獄と外界をつなぐ唯一のドアを固めているのが見えた。


えっ警官もグルですか!?(泣)


警官が一緒になったボッタクリに会ってしまったら最後である。

旅行書などにもこう言ったケースは報告されており、そこでゴネてしこたま警官に殴られた例も

ある。(インドにはあちこちで警官の制服が違っていたり、所属ごとに違う制服の

軍人がいたりするのでこの男が本当に警官であったか僕にははっきりとはわからない。

インドの保安を信じて警官ではなかったと願いたいが、僕は旅行中肩章までついたシャツを

ビシッと着こなし、帽子を目深にかぶった人物は警官、軍人、鉄道警察でしか見たことがない。)

一瞬思考が停止し、僕の頭脳は即座に答えをたたき出した。

「脱出フカノウ」

しかしだからといって「わかりました払います」と差し出せるような金額ではない。

忘れてはいけないが、ここをやり過ごせば即安心、などという甘い話があるわけがない。

これからも第二第三のボッタクリが襲い掛かってくるに違いないのだ。

その時丸腰では話にならない。次も負ける可能性もある。

僕は値引き交渉に出た。

「高すぎる。値を下げろ」

インド人達はいっせいに笑い出し、「馬鹿を言っちゃいけない。これはサービスプライスだ。

下げることはできない。」と、ひどいインド訛りの英語でまくし立てた。

「じゃあ払わん」などとカタコトの英語でやりとりが続いたが、

40ドルばかり下げたあたりから雲行きが怪しくなってきた。

「じゃあかわりにおまえの腕時計をよこせ」

「カメラがあるだろう。それをよこせ」

などと外野も騒ぎ出した。そしてみなの視線が机の上の僕のカバンに注がれ始めた。

なんだかイヤーな雰囲気になってきた。もう誰も笑おうとしない。

僕はテレビで見た飢えて痺れを切らしたハイエナが

多少の負傷も問わず獲物に襲い掛かるシーンを思い出した。

・・・・試合終了である。「あきらめたらそこで試合終了だよ」と昔偉いヒトが言っていたが、

ここであきらめなかったらもっと大切な何かが終了してしまいそうである。

「わかった。この値でいい」

こうして僕は旅行初日5時間たらずにして全財産の4分の3を失った。

残り200ドルちょいで十日無事に乗り切り、日本に帰れるのだろうか。

というか、この調子では今日一日も過ごせるのだろうか。


外に出ると太陽がいまだ天高く輝いていて、

見たこともないような巨大な入道雲が悠然と僕を見下ろしていた。

に続く)

戻る