キャメロットのスタッフに疑問をぶつけようのコーナー

= 2000.6.3 =

あなたのギモン その8

●高橋さんにとって任天堂的とはどんな感じなんですか?



今回のギモンは、雑誌の記事に載った”マリオテニス64は【任天堂的ゲーム】”という社長のコメントに対して、”高橋さんにとって任天堂的とはどんな感じなんですか?”というギモン。

 もちろん社長が直々に、この【任天堂的ゲーム】という言葉に対しての感慨を任天堂社製ゲームの数々を例に挙げて、お答えしています。コレを読めば、社長はどのように任天堂的ゲームを捉えているのか、そしてどれだけ遊び倒しているのか、がわかります!


 

高橋さんが、雑誌で”マリオテニス64は【任天堂的ゲーム】”と発言していましたが、高橋さんにとって任天堂的とはどんな感じなんですか?

キャメロットと通じるものがあるんですか?(つまり宮本さんと目指している方向は近い?) 

  仙台市 ???さんのギモン

 
 


 

 

仙台にお住まいの23歳の方、とっても良い質問をくれました。こういう質問を頂けると、ボクのゲーム観みたいなものが少しでもわかって頂けるかな? と思います。(誤解されるとキケンなので、普通は避けるものなんですけどね・・・。)

 普通【任天堂的ゲーム】って言葉で何を想像するでしょう? キャラクターとしてのマリオ? それともポケモン? 今の市場性から言えば、ゲームファンの方には「低年齢層向きゲーム」というイメージがあるのかも・・・。デフォルメっぽいグラフィックのイメージもあったりして・・・。(でも宮本さん自身は安易なデフォルメの方向は望んでいないんですね、実は。宮本さんはボクより人生歴の長い<宮本さんゴメン、つまり年上ってことです・・・でも実はチョッピリなんですけどね>方だから、昨今の産業化したテレビアニメよりは、かつての手作りっぽいアニメの方に影響を受けているモノなのです。だからデフォルメ=子供向けというイメージは持っていないのです。=同世代を代表して・・・。

 ボクは【任天堂的ゲーム】というのに色々な感慨を持ちます。例えば・・・


【盛り沢山】

 というイメージ。普通、アクションゲームだったら、用意したマップの端から端(でも隅々というのではなくて、入り口から出口まで直線的です)まで行くことのみに注意が払われて作られているものです。

 例えば色々なアクションはあっても、それを駆使してプレイするように考慮されているゲームは、今でもとても少ないんじゃないでしょうか? なのに『スーパーマリオブラザーズ』は、信じられないような表現で次から次に驚かせてくれました。あの当時、同タイトルはもの凄いゴージャスな面数だったのです。それだけを作り込むだけで、どれだけの手間がかかったでしょう。にも関わらず、マリオは「あんなに一杯」脇道まで用意してくれていた・・・ プレイヤーとしてはブロックの全てを叩かなくてはいられないような・・・ そんなゲームでした。当時27歳だったボクは、恥も外聞もなくスーパーマリオにのめり込みましたし、それを恥ずかしいとも思いませんでした。


【一杯のアイデアと歯ごたえ】

 多くのソフトハウスのゲームは、正直言ってボクにとって目標となるべき創作は少ないです。自分のゲームと比較して「自分の方が見劣りする」モノって、あまり見あたらないと思えるからです。例え新しいアイデアが存在していたとしても、使いこなせていなかったり・・・ ガッカリさせられるものが多いです。「どうしてこうしちゃったのか?」ともったいなく思うもの・・・ 多いですね。もっと違う視点で作ったら「こういう風にはしないだろう!」と・・・。でも任天堂社のゲームは一様に完成度が高いです。常に新しいゲームを作ろうという意気込みがゲームにあふれていますし、それはゲームアイデアだけ取り出してもそうです。

 例えば『カードヒーロー』は、最初「単なるカードゲーム」として捉えていましたけど、実は違うことをさせようという意気込みにあふれていました。これまで何度チャレンジしてもダメだったカード系ゲームでしたが、このゲームによって少しボクのカード系ゲームへの見方が変わったほどです。マリオも『バンジョーとカズーイの大冒険』『ドンキーコング64』も、低年齢層向けに見えるかも知れませんけど、そのゲーム内容の充実は計り知れません。少なくともボクが腰を据えてやろう! と思うゲームって、やっぱり任天堂社発売タイトルがダントツ! そして実際やってみると歯ごたえがある! 挫けそうになることもあるけど、先が見たいから頑張っちゃう! それが任天堂的ゲームだと思うんです。


【切り取りのうまさ(着眼点の鋭さ)】

 一般的に多くのゲームタイトルにはカラーがないと思うんです。チームでも、作者でも、ひとつの統一した味みたいなものですけど・・・ そういうものが本来あるべきだと思うんですが、それがないモノが圧倒的多数です。これは家庭用ゲームの始まりがファミコンであり、その始まりの時期に多くのジャンルを任天堂さん自身が用意されたことに由来しているのかな? と思うんです。

 その時期に用意されたスポーツゲームはどれも秀逸で、少ないメモリとハード的制約の中で「よくぞ作った」と言えるようなタイトルばかりです。すごくシェイプがうまいな! とゲームデザイナーとして素直に感心します。良くないのは他社の後発タイトルです。ベースボールでも何でも、進化を感じないんです。やたらとグラフィックは凄くなっていくのに、遊ぶ内容の進化は遂げていない。こうなっちゃうのは、「出来上がった形に装飾すればいい」という安易な考えで製作されているからじゃないのか? と・・・。逆に宮本さん達任天堂のゲーム制作の方々は安易な作り方をとても嫌っています。「差別化する」ことを第一に考えているみたいです。それはボクらも見習わなくちゃいけないし、実際「みんゴル」や「マリゴル」は任天堂のゴルフの正当進化の形として考えたモノでした。

 任天堂さんのゲームは「ゲームをシミュレータ」として作ろうと考えていないところがスゴイ。表現しようとするモノに対して、具現化しようとする要素を抽出して、それをちゃんと消化した上でエンターテイメントとして再構築している! これをボクは「切り取る」という言い方で表すんですが、その「切り取り」が見事。これこそプロの仕事です...

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