シャイニング・フォースIIIのストーリー&世界観

 <シャイニング・フォースIII>の物語は<シャイニング ザ ホーリーアーク>から、およそ10年後の物語である。今回舞台となるのはパルメキア大陸の東端の帝国、共和国、永世中立貿易国の3国を中心に展開する。

 この地域の全景を概略的に説明すると、大陸の東側にある湾というにはあまりにも大きい内海であるデストニア海を囲むように北から北東部にアスピニア共和国、北西部以南から海を囲むように南東部までがデストニア帝国の領土となっていて、北東のアスピニアから延びる半島と南東のデストニアから延びる半島が非常に接近していて、その半島と半島の間に突き出た岩礁を利用しての高架橋が古代の遺産として残されていて、東の交易用としての大陸航路として利用されている。(この高架橋に関しては軍事利用は不向きと言われている。実際道幅が狭く、周りからむき出しの状態になるため、大量の兵の移動行動を行う際には絶好の標的になるのは確実である。また、高架であることから危険性が高く、万一の橋脚損壊は両国の大きな損失となることも軍事利用に積極的に利用されない理由に上げられる。)

 更に両国の外縁を覆うように万里の長城と呼ばれる古代より建造された城壁が張り巡らされていて外敵の侵入を防いでいる。危険度の高いモンスターがこの地域に実際入り込まずに済んでいるため、軍が外敵=モンスターからの防衛という他地域国家で労力を占める職務から比較的解放されていたため、軍事行動が内向きに発動されてきた感がある。早くからのこの地域の権力争いの構図は、こうしたことから生まれたものと見るべきであろう。そして軍事力を制する者は地域の権力を制することになり、結果として強固な軍需型国家がこの地域の支配権を有するのであった。

 一方、万里の長城の外縁は非常に危険な地域として恐れられていたため、強力な軍需力を誇りながらも国外への勢力拡大には今一歩踏み切れないでいるところもあったらしく、この地域の者はごく一部を除いては万里の長城の外側の地域を知らない。万里の長城は古代の遺産であるため、各所には古代遺跡も隣接していてそれらの発掘作業も進められていた。例えばアスピニア最北端にはオブサーブの塔と呼ばれる展望の塔が建っていて、この地域でも最大の高さを誇っている等、各所に特徴的な遺跡が散在している。

 さて、実際に万里の長城の外側は危険な地域であり、特に万里の長城以北には常に雪に覆われた山脈の中に異教神殿があるといわれているが、その存在の実在を確認した例はない。その山脈までの経路こそ最も危険な経路といわれることから、かつて遠征隊などが送られたものとも思われるが、異教神殿の確認が為されていないことからも遠征の失敗があったことを予測せざるを得ないのである。

・デストニア帝国

 帝国デストニアは、パルメキアで最も強大な力を持つといわれる軍需国家といえる。時の皇帝ドミネートは若き日、非常にして残忍な性格を発揮し世襲制度である帝国の掟を破り、力によって皇帝の座を手に入れた男だった。彼の君臨する帝国の階級制度は、それ以前にも増して一般民に対して厳しいものであったといい、そのことが結果として共和国という帝国とは正反対の統治制度を持つ国を生むことになるのだった。

・アスピニア共和国

 共和国アスピニアは今からさかのぼること約20年前、デストニア帝国の領土の一部だった北北東の豊かでない地方一帯を中心に勃発した独立戦争を起源とする。その独立戦争の中心的役割を担ったのが、当時の帝国将軍でありシナリオ1の主人公シンビオスの父コムラードだった。共和国は小領土の集まりで国家を形成していて、国家的な事業や制度の決定は代表会議と呼ばれる各領土の領主が集まって運営される中央院によって検討され決定する。国王も中央院が任命権を持ち、現在は若き日に独立戦争時にコムラードの配下で活躍したベネトレイムが代表国王に任命されている。

・サラバンド国

 永世中立貿易国サラバンドは、正確にはいわゆる国土を持たない国である。彼らには国有財産的土地はあるにしろ、現実的な首都が置かれるのは海上都市サラバンドだからだ。この海上都市は通常、パルメキア大陸の東端のデストニアとアスピニアにサンドイッチになった内海のデストニア中部の東岸壁に接岸されていて、大きな商売等の必要性に応じて移動することができるという貿易国家には願ってもないフットワークを誇っている。このサラバンドの代表者はグラビー総督、あのドミネート皇帝から建国を許されたという信じがたいことを実現した謎の人物である。元々デストニアのちっぽけな領土の領主だったとウワサされる男が、表舞台に登場したのはつい5〜6年前のことである。これまで近代文明と呼べる何ものもなかったパルメキア大陸に、テクノロジーを持って華々しくデビューを飾ったことは、このデストニア・アスピニア地方の歴史に記録されるべ き事件であった。彼が持ち込んだテクノロジーは蒸気機関であった。これまで、パルメキア大陸でも幾度かは古代文明を利用したテクノロジーを見ることはあった。しかしこ れまで、それらのオーバーテクノロジーはあくまでもあるがままの姿で活用されるに留まっていたのだった。グラビーの場合、蒸気機関を活用する術を含めてデビューしたの であり、それがこれまでの文明の利器とは明らかに違っていたのである。ドミネートに 将来を嘱望されたグラビーはついに蒸気機関車の実用に成功し、やがて戦艦の運航の利 用にも成功したのである。ドミネートは、このテクノロジーの他国への流出を嫌って海上都市の建造に協力し永世中立貿易国の建国を許したのではないかと・・・一般では憶 測が飛んでいる。

 前述3国は、これまで微妙なバランスを保ちながら今日に至るまで共存を続けていたのだった・・・。その微妙な緊張が崩れ、今回の事件に発展するキッカケは、バーランドと呼ばれる帝国及び共和国の戦略上の重要拠点の存在だったが、大義名分を与えたのはエルベセムと呼ばれるこの地域一帯の聖地がバーランドを玄関口としていることだった。。

・聖地エルベセム

 この地域の全ての教会に神父を派遣している宗教の聖地である。バーランドから一日に一度潮の満ち引きによって現れる干潟の道を通ってエルベセム島に渡ることができるらしい。このエルベセム、表面的な神父を派遣する一般の宗教活動以外に、厳しい修行によって自らの霊力を磨き尋常ならざる能力を身につけるという密教的な活動をするグループがあるらしく、そのグループを統率するリーダーこそが本当の意味でのエルベセムの最高権威者らしいのだが、エルベセムの者以外にその存在を見た者はいないという・・・。彼らが修行し能力を高める目的は、彼らの宗教活動とは思想的に正反対の宗教団との抗争の準備を怠らないためだということのようだが、やがて真の目的は明らかになっていく。

*事件勃発

 バーランドは、アスピニア共和国とデストニア帝国の間に挟まれた中州となっている地域である。ドミネート皇帝にとってアスピニア共和国は、元は(今でも)自分の領土なのである。自分のものであるアスピニアの領土を、コムラード以下の独立軍が搾取していった土地であるアスピニアを帝国に併合する悲願達成は、ドミネートにとって至極当然のものであった。ところがそれを阻むもの(土地)こそ、バーランドなのである。バーランドは東西の大きな運河に挟まれていて、もしアスピニア侵攻を開始するとなれば大量の物資を輸送する経路の確保が必要となり、その時にバーランドの存在が問題となるのであった。もちろんアスピニアにとってみると、バーランドを確保しておくことこそアスピニアの安全の保障ともなる訳だから、何度かの帝国のバーランド侵攻を食い止めたように強力な軍を駐留させている訳である。こうしてお互いにバーランドをにらんでの一応の安息の日はやがて20年になろうとしていたのである。

 事件の発端は天候不順という不可抗力から始まった。去年と今年、2年連続しての冷夏と雨が安定していたアスピニアの財源を揺るがし、食料の配給制度という事態を招くに至ったのだ。

 アスピニアは共和制国家であり平等という名の下にありながら領主分権性を敷いているため、領土によって領主の裁量が大きくものをいう。今回の事件の発端も元はといえば、食糧難という緊急時においてこの領主分権性が災いした。緊急時の場合に徴収されていた財源を食料購入の費用にし、各領土に割り当てて配給したのだったが、その配給された食糧が末端まで平等に配分されなかったのだ。それが引き金となって、これまでの一般国民の不満が爆発し内乱にまで発展する事態を招いたのだ。

 これまでの国民の不満とは結局、軍と一般民との相互の不理解によるものと言って良い。一方が一方の存在を認めない、つまり生産者である一般民は消費する一方である軍を不要のものと思い、帝国から国を守る軍は自分たちなくしてアスピニアが国として存続できないという思いである。どちらもある面で正論でありながら、どちらもが間違った認識を持っていたといえるのである。これらの誤解による不満の爆発が内乱にまで発展したといっても良い。

 この期が来ることを予測していたドミネートは、内乱の勃発と同時に自慢の戦艦を使って海よりバーランドに侵攻、虚を突かれた共和国のバーランド守護軍は大した反撃の機会もなくバーンランドを明け渡す結果となった。しかしこの時点では、アスピニア主力軍の方が首都に近いという地の利を生かしてバーランドを再び奪い返すのには絶対的に有利であった。そこに現れたのが、和平会議を両国に申し入れ会議の仲介を買って出たサラバンド国総督のグラビーだったのだ。

 財源の乏しいアスピニアには正直な話、この申し入れは有り難い話であった。そして、実は地の利という点で不利なデストニアにとっても・・・。こうして、サラバンドの仲介による共和国と帝国の和平会議が開催されることになったのだった・・・。


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